第6話 畑を耕そう
「まずはルーができることを探さないといけないな」
「は、はいっ!」
俺の隣を歩くルーは少し緊張した様子で頷いていた。
「本当なら診療所とかを開いてもらって、怪我人を治してもらいたいところだけど、あいにく今は怪我しそうな人もいないし、何より人と接しないといけないからルーは苦手だろう?」
「う、うん……じゃなくて、はいっ。に、苦手です……」
わざわざ言い直すルー。
やはりすぐには慣れてもらえないか。
「無理に敬語は使わなくていいぞ。その辺りはエレンを見てくれたらわかるだろう?」
「むっ、それはどういう意味だ? 私だって、疲れるからしたくないだけでこう見えてもしっかりとパーティとかにも出れるんだぞ」
「まぁ、ここにいたらそういうこともないけどな」
俺たちが親しげに話しているとルーがキョトンとした様子で呆けていた。
「えっと、その……、領主様……? なんですよね」
「あぁ、そうだが?」
「そ、その、そんなにフランクに話していいのですか?」
「むしろ下手に緊張されるより話しやすいからな。ルーもこんな感じに話してくれたらいいぞ」
「む、無理です、無理です。そんなことをしたら不安で押しつぶされちゃいますよ!」
顔を赤くしながら必死に首を横に振ってくるルー。
まぁ、嫌がっているなら無理にいう必要もないか……。
「まぁ、話し方はルーに任せるよ。好きに呼んでくれて良いからな」
「わ、わかりました。ちょっとずつ慣れるように頑張ります……」
今のところはこれくらいで仕方ないだろう。
「それにしても、あまり人と接しない仕事……、何かあるかな?」
「ほらっ、あれがあるじゃないか。それを頼んでみたらどうだ?」
「あれって?」
エレンに何か思い当たる節があるらしいので聞き返してみる。
「前に言っていたじゃないか。計算できる人が欲しいって。ルーに頼んでみてはどうだ?」
確かにルーができるならそれはありがたいかもしれない。
あまり人に接することもないだろうし……。
「えっと、それってどんなことをしたら良いのですか?」
ルーもすこし興味が出てきたみたいで安心したように聞いてくる。
「主にこの領にあるお金の計算だな」
「それなら私にもできそうです。それをしてもいいですか?」
「助かるよ。また後から詳しく説明するな」
「はいっ!」
◇
一通りルーに説明をすると一応練習がてらルーに簡単な計算をしてもらうことにした。
商人に売ったもののお金とそれをエレンに渡すと残りどのくらい手元に残るか……。
そういったもので試験的に試してみたのだが、ルーは一つも間違えることなく正確な数字を出してきたので、逆に驚かされた。
「なにか勉強でもしていたのか?」
「いえ、ずっと一人でいることが多くて、本を読むことが多かったんです。その時に勉強して……」
なんだか聞いてはいけない話をさせてしまった気がする。
「すまない……、聞いたらダメなことだったか?」
「いえ、気にしないでください。私も感謝してるんですよ。ここにいたら無理やり大勢の人の前に出されることもありませんし……」
人前に出たくないルーを無理やり人前へ連れ出す。
それはまるで――。
「なんだ、その罰ゲームは?」
「へっ?」
ルーは驚きを見せて声を漏らす。
「だって、嫌がるルーに無理やりそんなことをさせたんだろう? 罰以外考えられないじゃないか……」
その言葉を聞いて、ルーは一瞬固まったもののすぐに小さな声で笑い出していた。
「ふふっ……、そんなことを言ってくれた人は初めてです……」
「まぁ、ここにいる限りルーを無理やり人の前へ出すようなことはしないから安心してくれ」
「はいっ、ありがとうございます」
ルーが満面の笑みを見せてくれる。
この領地に来て初めて見せてくれる心からの笑顔に俺もどこかホッとしていた。
◇
その日の夜、俺は自室の机に座りほくそ笑んでいた。
ふふふっ、求人を出して数日でもう二人も集まった。
まだまだ領地としては弱小だが、このペースで人を増やしていけばいつかは立派な領地になるかもな。
いや、まだまだ人が足りない。
元々この領地は農業をメインに行っていた。
人がいなくなってから荒れてしまった田畑がそのままたくさん残されている。
流石にこのまま畑を渡すってことになったら文句が出るかもしれない。一から耕させるのか……と。
よし、どこまでできるかわからないけど、明日は畑を耕してみるか……。
◇
翌日、早朝から俺はクワを持って荒れた畑へとやってきた。
クワは元々この領地にいた人が置いていったのか、館の物置にしまわれていた。
意外とずっしりくるんだな……。
初めて持った感想がそれだった。
これは明日は筋肉痛になるかもしれないな。
ルーに頼んだら治してもらえないだろうか。
そして、畑にやってくると目の前の惨状を見て肩を落とす。
誰も管理しなくなった畑は雑草が生え、今のままではとても畑に見えない。
でも、これはわかっていたことだ。
俺は気合いを入れ直して、クワを握りしめる。
「えっと、このまま耕せば良いんだよな?」
遠目で見たことはあるものの実際に行うのは初めてのことなので、不安になりながらクワを振り下ろす。
それを数回繰り返すと汗が流れてくる。
「えっと、何をされているのですか?」
突然声をかけられたので、そちらに振り向くとルーが不思議そうな表情で俺を見ていた。
「荒れた畑を少しでもマシな状態にしようと思ってな。いきなりこんな状態の畑を渡されても困るだろう?」
「そんなことはないと思いますけど……。あとは、そうですね。雑草は先に抜いた方が良いですね。よかったら私も手伝いましょうか?」
「本当か!? それは助かるが――」
「なら、一緒にしましょう」
そして、二人並んで雑草を抜き始める。
黙々と……、特に何か喋ることなく淡々と抜いていく。
その沈黙感に堪えきれなくなり、半分ほど終わったときにルーに話しかける。
「そういえばどうしてこんな知識を?」
「本で読んだのですよ……」
「そういえばたくさん本を読んでるっていってたな」
「はい、本を読むの、好きなんです」
ルーははにかみながら応えてくれる。
ただ、その額にはじんわりと汗がにじみ出ていた。
「暑くないか? そのフードを取ったらどうだ?」
「い、いえ、大丈夫です。こ、これは好きで被っているので――」
「……?」
一向にフードを取ろうとしないルー。
何か隠したいのかもしれない。
それならばこの話題も止めておくべきか……。
「それよりもそろそろ耕していっても大丈夫そうですね」
ルーが額の汗を腕で拭いながら言ってくる。
「そうだな。それじゃあ今度こそ――」
力を込めて畑を耕していく。
するとルーがうずうずとした様子で見てくる。
「もしかしてやってみたいのか?」
「い、いいのですか?」
「ただ、結構重いぞ?」
クワをルーに渡す。
「わっ……、ととっ……」
それを受け取ったルーは目に見えるほど仰け反っていたが、なんとか姿勢を整える。
そして、グッとクワを握りしめると力一杯振りかぶろうとする。
しかし、クワは持ち上がることなく地面に引きずった跡が残るだけだった。
「お、重いです……」
必死に持ち上げようとするルー。
そのまま手がすっぽ抜けて体の姿勢を崩していた。
「危ない!」
そのまま転けそうになるルーを抱き留めると彼女は照れたように顔を赤めていた。
「あ、ありがとうございます……」
小さな声でお礼を言うとルーはすぐに俺から離れていた。
「いや、気にするな。それよりも耕すのは俺がするからルーは他のことを――」
「なんだ、面白そうなことをしてるな。私も混ぜてくれないか?」
再びクワを掴もうとすると大森林に行こうとしていたのか、大剣をもったエレンが話しかけてくる。
「まぁ、いいが、エレンは畑を耕したことあるのか?」
「いや、初めてだ。どうしたらいいんだ?」
「このクワを力一杯振り下ろしていくんですよ」
「これを振り下ろすのか……」
エレンは軽々とクワを持ち上げる。
そして、それを力の限り振り下ろしていた。
「ふんっ!!」
ドゴォォォォォン!!
凄まじい破壊音を鳴らし、畑だった場所は大きな穴が出来上がっていた。
それを俺たちは愕然としながら眺めるしかできなかった。
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