第5話 治癒魔法使い、ルー

 翌日、商人が馬車でやってきたので、俺はそれを出迎える。

 意外と早くやってきたので、まだエレンも出かける前だった。



「おはようございます」

「よく戻ってきてくれた。早速募集を見てきてくれた人がいて感謝してる」



 素直に商人に礼を伝える。

 商人はエレンの顔を見て一瞬驚いた様子だったが、すぐに表情を戻していた。



「いえ、私は頂いた依頼料の仕事をしたまでにございます。さすがに余りに多い人数でしたので厳選させて貰おうと思っています。そういえばどのくらいの人数が集まればよろしいでしょうか?」



 そんなにたくさん集まるわけないと思うが、このあたりは商人のお世辞なんだろうな。



「そうだな。まぁとりあえずは十人くらいだろうか? ちょっとずつ人は増やしていこうと思うが、まだどのくらいの人数がいるのか見当も付かない」

「かしこまりました。では、そのように手配させていただきます」

「それよりもちょうどいいところにきてくれた。ちょうど売りたい物があるんだ」

「ほう……、何でございましょうか?」

「……魔物の素材だ」

「……見せてもらってもよろしいですか?」



 目の奥を光らせる商人を連れて館に保管してある素材の所へ行く。



「これは……なかなか、保管状態もいいですし、買い取り額は跳ね上がりそうですね」

「どのくらいになる?」

「金貨だとドラゴン一体で最低でも百枚……。それ以上の価値があるかもしれませんね」



 金貨というと価値的には一枚で銀貨百枚分、百万円くらいで日常生活ではあまり見ない貨幣ではあった。



「本当か?」



 流石にこのドラゴンだけで一億円もの価値があるなんて信じられなかったので聞き返してしまう。



「そうですね……、あくまでも最低ですので、国のオークション等に持っていけばもっと値がつくかもしれませんね……。どういたしましょうか? 私が買い取らせてもらってもいいですが……」



 まさかの上がる可能性を提示された。

 でも、領地の経営には沢山の金も必要になるからな。

 今は両親が残してくれた分もあるので、何とかなっているが、なるべく手元に金がある方が助かる。



「わかった。買い取ってもらっても構わないか? あと他の魔物も合わせてよろしく頼む」

「かしこまりました」

「それと、もう一つ頼みがあるのだが……」

「……何でございましょうか?」



 商人が再び目を光らせていた。



「できたらこの領地に滞在してくれる商人が欲しい。もしそういった人物がいたらそちらも雇うので声をかけてもらえないか?」

「そうですな。声をかけてくるのも良いのですが、それなら私のところで働いている子に声をかけてみましょうか? 私も旦那様との交流を大事にしたいので、この領地に店を構えるように話してみますが」

「ここで働く子には、以前伝えた条件と同じ待遇を保証するから一人でも来てくれると助かる」

「……旦那様が最低保障をしてくださるのですか?」



 商人が目を点にさせて思わず聞き返してくる。



「……? 何かおかしいか?」

「いえ、ありがとうございます。少しでも良い人材を送れるように力を尽くさせていただきます」



 笑顔で深々と頭を下げてくる商人。ドラゴンを無理やり馬車に乗せていた。

 今回はあまり荷台に荷物を載せていなかったから乗ったものの普段だったらかなり厳しかっただろうな。


 そして、乗せ終わったあと、商人は金の方を持ってくる。



「こちらが魔物全ての金額、金貨二百枚になります」

「ありがとう、しっかり受け取ったよ」

「では、次はたくさんの人をお連れできるように頑張ります」

「あぁ、頼んだぞ」



 商人を見送ったあと、俺は貰った金を数え始める。

 ただ、そこを誤魔化してくる相手でもなく、枚数はきっちりあった。

 あとはこれを取り分の通りに分けるだけだな。


 金貨四十枚だけ懐にしまうと残りを袋に入れて、エレンに渡そうとする。

 しかし、彼女は何もない草むらを睨みつけている。



「どうかしたのか?」

「そこに隠れているやつ、出てこい!」



 エレンが大声を上げると草むらから小さな少女が慌てて飛び出してくる。



「わ、わ、私はその……、怪しいものではないです……」



 まさかこんなに可愛らしい少女が出てくるとは思わずに俺は目を丸くする。

 しかし、エレンの方は警戒を緩めることなく少女を睨みつけたままだった。



「それならどうして隠れていたんだ?」

「えっと、その……これを見て……」



 少女が見せてきたのは求人票だった。



「えっと、もしかして君もこの領地で働いてくれるのか?」



 俺が尋ねると少女は必死に首を縦に振っていた。



「そうか、それは助かる――」

「いや、ちょっと待ってくれ。ライルは簡単に人を信用しすぎる。一応素性は調べておいた方が良いぞ」



 エレンが注意を促してくる。

 確かに改めて考えるとエレンの時はすこし話しただけですぐに雇ってしまった。

 もし、相手が盗賊とかが素性を隠していた場合俺の身も危なかったかもしれない。



 ただ、この子は大丈夫だと思うな……。



 俺は目の前にいる少女を眺める。

 エレンに睨まれて体を縮こませている少女。

 小柄な体型もあり、とても危険には見えない。



「まぁ、一応面接的なことだけするか……。その、いくつか質問に答えてくれるか?」

「は、はい……」



 少女が頷く。



 さて、どんなことを聞くのが良いだろうか?



 すこし首を傾げる。ただ、少女はずっと怯えた様子だった。



 何がそんなに怖いのだろうか?



 少女の視線の先を追ってみるとそこにいたのはエレンだった。

 彼女は少女の一挙手一投足を見逃さないように鋭い視線を向けていた。



 そんな圧迫面接みたいなことをして、この子のことを知ることなんて出来ないだろう……。



 俺はため息を吐きながらかるくエレンの頭を小突く。



「いたっ……」



 実際は痛くないものの反射的に声をあげるエレン。

 そして、俺の方を向いてくるので小声で告げる。



「そんな怖い顔をしてたらあの子が怯えてしまうぞ」

「わ、私、そんなに怖い顔をしていたか?」

「あぁ、まるで獲物を射殺すような目つきをしていたぞ」



 そう言われるとエレンは目に見えるほど落ち込んでしまった。



 もしかすると本人は無意識だったのかもしれない。



 ただ、あの子が怖がっている以上、注意するしかないもんな。

 後からエレンにはフォローを入れておこう。



「それじゃあ改めて質問させてもらうな」

「は、はいっ!」



 少女はぐっと両手を握りしめてじっと俺の顔を見てくる。

 先ほどまでの怯えた様子は少し緩和されたようだ。

 もしかして、俺とエレンのやりとりを見て、少し気を許してくれたのかもしれない。



「そうだな。まずは名前を教えてもらってもいいか?」

「そ、そうでした。私はルーラシア……、いえ、ルーです! た、ただのルーです!」



 何か事情があるのかもしれない。

『ただの』の部分を強調しながら名前を言ってきた。

 しかも名前も途中まで言いかけて、わざわざ言い直している。



 まぁ、本人が言いたくないのなら仕方ないだろうな。



「それで、ルーはどんなことが得意なんだ?」

「本を読んだりとか……、あとは回復魔法をすこし使うことができます……」



 治癒魔法使いか……。

 今は俺とエレンしかいないから出番は少ないかもしれないけど、絶対に必要になる職業だもんな。



「エレンはどう思う?」



 一応彼女の意思も聞いてみようと思い、小声で尋ねる。

 ただ、エレンは何も言わずに少し首を捻らせていた。



「うーん、そういえばこの子、どこかで見たことがあるんだけど……」

「たまたますれ違ったとかじゃないのか?」

「いや、そんなことは……。もっと大きなところで……。でもこんなところで会うはずがないもんな……」

「そ、それよりも他に質問はないのですか?」



 あまり触れられたくない話題なのか、ルーが話題を変えようとしてくる。



「そうだな。それじゃあここでどんな仕事がしたいんだ?」

「わ、私にできることでしたら……。で、できたら大勢の前に出る仕事じゃなかったら――」



 話を聞いてる限りだと全然問題ないように思える。

 一応エレンにも確認をしておく。



「どうだ?」

「そうだな……。何か秘密があるのは違いないだろうが、ライルを害しようとしているわけじゃなさそうだ。問題ないと思うぞ」



 秘密か……。

 あまり大きな問題じゃないと良いな……。


 そう思いながら俺はルーに対して告げる。



「合格だ、ルー。これからよろしく頼む」



 俺が手を差しだすとルーは驚いた様子でその手を眺めていた。

 ただ、すぐに手を掴み返してきて笑みを見せてくれる。



「あ、ありがとうございます。が、がんばります!」




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