第4話 料理を作ろう(初級編)

「待たせたな。私の渾身の一作だ。食べてくれ」



 俺の目の前に差しだされたのはどう見てもオークの手にしか見えないものだった。

 凄まじい臭気が襲ってくる。どう考えても人の食べ物には見えない。



「えっと、これは……食べ物……だよな?」

「……もちろんだが? 特にこの手の部分がうまいんだ。存分に食ってくれ」



 そう告げるとエレンが同じものを豪快に齧り付き始めた。

 エレンが食べているところを見ると本当に食べられるものなのかと不安を感じながら視線をオークの手に落とす。


 わざわざエレンが準備してくれたもの……ということもあり、食べないという選択肢は取れなかった。


 覚悟を決めてオークの手にかぶりつく。

 すると口の中に広がってくるゴムのような食感。


 なかなか噛みちぎることも出来ず、ひたすら口を動かしていた。

 お世辞にもうまいと言えるようなものではなかった。



「……いつもこんな食事をしてるのか?」

「狩りに出かけた時は大抵こうだな。とりあえず焼けば大抵のものは食えるようになるからな」



 自信たっぷりに答えてくる。



「いやいや、普通に毒とか持ってるやつもいるだろ! 変なものを食べたらどうするんだ?」

「気合いで治す!」



 笑顔で答えられるが、それが逆に俺を困らせた。



「いや、出来ればちゃんとしたものを食ってくれ。……といっても今は料理屋もないんだったな。代わりに俺が何か作るよ」

「えっ、ライルが作るのか? 食えるものが作れるのか?」

「失礼だな。これでも色々作ってきたんだぞ」



 転生前は独り身だったため、たまにあり合わせのもので自炊をしたりすることもあった。


(ほとんどコンビニで済ませていたけどな……)


 俺は苦笑を浮かべながら口に残るオークの手を飲み込む。


 たしかに食えなくはない。


 臭いは酷いが味はそこまで悪くない。

 でも、このまま食うのでは食欲がわかないだろう。


 手を加えたら何とかなるか?


 なにか臭いを消すようなものを使えば食べられるものになるかもしれないか。



「とにかく料理屋が出来るまでは俺が作るよ。それに食材もよそから買わないと手に入れられない状態だからな」

「いいのか? そんなことまでしてもらって……」

「まぁどうせ俺の分は作るわけだからな。夜にでも食べにくるといいぞ」

「あ、あぁ、楽しみにしてる。ただ、あまり堅苦しい食事はその――」



 ……?


 一瞬首を捻らせる。

 しかし、改めて考えてみると領主の食事……だもんな。


 食べ方とか堅苦しい様式とかそんなものにこだわるのかと思われたのか。



「ははっ……、そんなものにこだわるような人間に見えるか? 好きに食べてくれたらいいよ。その方が俺としても嬉しいからな」

「ありがとう、それじゃあ楽しみにさせてもらうよ。あっ、これはお礼だ。どんどん食ってくれ」



 俺の前にオークの足とか体の一部などが置かれる。

 それを見て苦笑を浮かべる以上のことはできなかった。


 ◇



「ふぅ……、ようやく戻ってこられた……」



 日が沈み始めた夕方、ようやく俺たちは領地へと戻ってくることができた。



「この魔物たちもとりあえずドラゴンと一緒に保管しておくな」

「すまないな。それにしても今日はかなり早く帰って来られたな」

「いや、時間ギリギリだ。これ以上遅くまで働くのは俺が許さない」

「ちょっと待て。今日はライルがいたから早く帰ってきたが、普段ならもっと遅く……、場合によっては日を跨ぐことがあるのが冒険者だぞ?」

「でも、今は俺の領民だろ? 一日中働いて体が疲れた状態だと万全の力を発揮できないんだ。休みはしっかり取らないとな」

「相手が魔物だからな。どうしても遅くなる時とかはどうするんだ?」



 確かに絶対定時に帰れる仕事ではないもんな。



「そのときは遅くなった分だけ多く金を渡すことと別の日に休みを取って貰う。それくらいしかできないな」

「――さすがにそれはやり過ぎじゃないのか?」



 不安そうにエレンが聞いてくる。



「いや、余計な仕事をやらせてしまったんだ。そのくらいさせて貰わないと割に合わないだろう」

「はぁ……、わかったよ。そんなことがないように注意させて貰う」

「そうしてくれ……。それじゃあ俺は料理を作ってくるからどこかで休んでいてくれ」

「それなら私も手伝おう。どうせ何もすることがないからな」



 エレンに手伝わせて良いのだろうか?



 オークの丸焼きを見てしまったので本当に頼んで良いものか迷ってしまう。

 ただ、エレンも好意でいってくれているわけだし、断るのも悪い気がしたので簡単なことを手伝って貰うことにした。



「そうだな、それじゃあ皿でも出してくれるか?」

「あぁ、任せろ!」



 自信たっぷりに言ってくるエレン。

 それにすこし不安を覚えつつも俺たちは館の中へと入っていった。



 ◇



 エレンに出した料理はあり合わせで作った適当に炒めたものだ。

 それでもエレンは笑みを浮かべながら食べてくれる。



「うまい、うまいぞ。ライルは料理の天才だったのか?」

「いや、どこにでもいる弱小領主だが?」



 さらにこの料理もオークの丸焼きよりは手を加えているが、あり合わせのものを適当に香辛料をつかい味付けしただけのものだ。



「領主にしておくのがもったいないくらいだ。いや、ライルが領主じゃないとこの領地で働けないわけだし……うーん」



 エレンが真剣に悩んでいる様子だった。

 そんな彼女を見ていると思わず苦笑を浮かべてしまう。



「わかったよ。それじゃあたまに……、俺が作るときくらいはご馳走するよ」

「本当だな!? や、約束だぞ!」



 身を乗り出して確認してくるエレン。

 俺が頷くのを見ると本当に嬉しそうに笑みを浮かべてくれる。



◇■◇■◇■



「た、確かこっちのほうで合ってたよね?」



 白に金の装飾がされたローブを着込み、フードを深々と被っている少女がアーレンツ領へ向かう馬車にのって不安そうに外を眺めていた。

 その手には求人票がしっかりと握られている。


 その少女は金色の長い髪はさらさらで一本一本が輝いて見え、低めの身長と幼い顔つきもあって、見る人々から天使様とさえ言われていた。

 そして、教会から聖女として祭り上げられ、毎日愛想笑いを振りまきながら人前に立っていた。



 ただ、少女はあまり大勢の前にたちたくなかった。

 今の仕事から逃げ出したかった。



 それでも聖女という立場を知っている人にはとてもじゃないが雇ってもらえない。

 そうなると自分の素性を知られていない場所に行くしかない。


 でも、知らない場所に逃げてきたはいいが、職にすらありつけずに野垂れ死ぬのも嫌だった。


 そこに教会の信者が見せてくれた紙。

 辺境の地の求人票なのだが、『前職は問わない』『好きな仕事に就ける』という言葉を見て少女は決心した。


 ここなら無理やり人の前に出されることもないだろう。

 いや、聖女と気づかれてしまっては前職は問わないと書いてあっても断られるかもしれない。

 そこで少女の取った作戦は少年みたいな服装で正体を隠すことだった。

 ただ、髪を隠せる帽子のついたものが聖女のローブしかなかったのでとりあえず服の上からローブを着ておく。


 そして、夜にこっそりと抜けだした。


 朝になると自分がいないことに気づいて大騒ぎになっているだろう。

 今のうちに逃げられるだけ逃げておかないと……。


 なるべく人に気づかれないように大通りを歩いていき、辺境に向かう馬車に隠れ乗ることができてようやく人心地付いて気がつくと少女は眠りについてしまっていた。

 



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