第3話 未開の大森林

 エレンは館から一番近くにある小さな家に住んでいた。

 今なら誰も住んでいないわけだし、もっと広い家を選んでもいいと言っていたのだが、なぜかその窮屈さに満足しているようだった。



「どうせ、あまり広くても持て余すだけだからな」



 これがエレンの理由だった。

 まぁ俺も未だに広すぎる館には慣れないので同じ理由だろう。


 そして、エレンは毎朝早くから狩りに出ていくので、その仕事ぶりを見るために尋ねてみる。



「エレン、いるか?」

「あぁ、これから出かけるところだが、どうしたんだ?」

「よかったら俺も狩りに連れて行ってくれないか?」



 自然と告げたのだがエレンは難色を示していた。



「ちょっと待て。流石に危なくないか?」

「一応領主の息子として、最低限の剣術や魔法は習っているぞ? まぁ、一番の目的はエレンの働きぶりを見るためだな。本当にあった仕事なのか、とかそういったことを見るのも領主の仕事だと思うからな。まぁエレンの場合は疑いの余地はないが、念のためにな」



 俺の説明に納得してくれたようでエレンはようやく頷いてくれる。



「まぁ、私はいつも通りするだけだから問題はないが……。流石に百パーセント守れるとは言い切れないぞ? あまり守るのは得意ではないからな。それで構わないか?」

「あぁ、それで構わないよ」

「よし、わかった。それじゃあそろそろ出発するか」



 エレンは立ち上がると床に適当に置かれた大剣を拾う。

 それを背中に背負うと家を出ていく。その後を追うように俺も追いかけていった。



 ◇



 エレンと二人、未開の大森林の中を進んでいく。

 ここに入るのは初めてなので緊張感と適度な期待感を抱きながらエレンの後を追う。



「あまり無理するなよ?」



 エレンから心配される。



「いや、このくらい大丈夫だ」

「それならいいが、仮にも領主なんだからな。怪我をするような真似だけはやめてくれ」

「気をつけるよ。でも、エレンと一緒なら大丈夫だろ?」

「それもそうだな。……少し後ろに下がってくれるか?」

「……わかった」



 急にエレンの表情が険しいものに変わる。

 もしかして何かの異変を感じ取ったのかもしれない。


 俺にはわからないが、邪魔にならないように一歩後ろに下がる。


 その瞬間にエレンは背負っていた大剣を思いっきり振り下ろす。

 すると断末魔のようなものが聞こえ、バタッと何かが地に伏した。



「ふむ、ウルフ……、いや、Aランクのウルフキングか」

「本当に凄まじい力だな。今まで難儀していたここの魔物がこうもあっさり倒されるなんて……」

「私にとってはここは宝の山だな。上位の魔物が多いおかげで存分に稼げそうだ」



(いきなりこれほどの力の冒険者を失って、冒険者ギルドが何か言ってきそうだな……。何か根回しは必要か……)



 面倒な仕事ができたなとため息を吐くが、それ以上に圧倒的な実力に驚いてしまう。



「エレンならすでに使い切れないほどの金を持っているんじゃないのか?」

「いや、意外と冒険者は金がたまらないものなんだ。どこかへ出向くのに宿代や馬車代がかかるだろう。それに武器や防具も新調しないといけないから皆が思うほど残らないんだ」

「なるほどな。そのあたりも俺に言ってくれたら金は払うからな」



 俺の言葉を聞いてエレンはその動きを止めていた。



「えっと、それはどういう――?」

「その武器は魔物を狩るという仕事に使うものなんだろう? それなら武器を整えるのも俺の仕事だ。当然だろう?」

「いや、それが当然なわけないだろう? 武器がいくらすると思ってるんだ?」



 確かにエレンが使っている大剣はかなりの費用がかかってくるだろう。

 下手をすると一枚約百万円の金貨が数枚から数十枚かかるかもしれない。



「それでもエレンが怪我する可能性が減るのなら当然だろう?」



 仕事で使うものは会社の経費で払うのはホワイトだと当然だし、それに何より金と人材だと人材の方が重要だからな。

 ただ、それでもエレンは信じられない様子だった。



「それだと領地の収入はマイナスにならないか?」

「ははっ……、何度も武器が壊れてしまうと赤字になるかもな。ただエレンはわざと壊したりしないだろう? まぁ、その辺りの計算が強い人物が来てくれると嬉しいが――」

「わ、私に聞くなよ? そもそも計算は得意ではないからな」



 エレンがすこし慌てながら言ってくる。



「それにエレンがこの大森林の魔物を討伐してくれると俺の領地が平和になるからな。護衛を雇って常に守ってもらうことを考えたら安いものだ」

「そ、そうだな。あぁ、それなら今からたくさん狩りにいくぞ!」

「あっ、ちょっと待ってくれ」



 急いで駆けていくエレン。

 ヤル気になった彼女になんとか置いていかれないように追いかける。





 その道中であまりにたくさんの魔物を狩るものだから俺じゃ持ちきれないほどの数になっていた。



「ちょっと待ってくれ。これ以上は持てない……」

「まぁ、今日は充分すぎるほど狩ったもんな。このくらいで町に戻るか」

「そうしてくれると助かる。それにしても本当に信じられないくらいに強いんだな」

「まぁ、小さいときに両親に鍛えられたんだ」



 ゆっくりエレンと雑談しながら町へ向かって戻っていく。

 するとその道中でエレンの腹の虫がなる。



 ぐぅ……。



「……ははっ、そろそろ飯の時間だな。ライルの分も準備しようか?」

「本当に良いのか?」

「あぁ、一人も二人も変わらないからな。待っていてくれ、今から準備するからな」

「それは助かるよ。ありがとう」



 とりあえず俺はその場に腰を下ろして持っていた魔物を下ろす。

 帰りはエレンが大物を持っていてくれたおかげでずいぶん軽かった。ただ、改めてみてもすごい量だな。


 Aランクの魔物であるキングウルフが三体。

 同じくAランクでドラゴンに似た姿をしているワイバーンが二体。

 Bランクの魔物である蛇型の魔物、ポイズンスネークが三体。


 俺が遭遇したら一瞬で倒されたであろう相手ばかりだ。

 それに毒のある魔物もいるとなれば、この森林に入る人たちには毒消しの薬を配った方がよさそうだな。


 あとはどんな魔物が生息しているかの生息図を作ったり、場所によってどこのくらい危険かを表したり、やらないといけないことは多そうだ。

 さすがに危ない場所にそれに対処できない人員を送り込んで怪我をさせました……なんてことになると俺にとってマイナスでしかないからな。


 特に人は替えが利かない。

 絶対に怪我をさせない。まして命を落とすなんてもってのほかだ。

 そんなことが起こると俺が謝りに走らないといけない訳だし、下手をすると一日中謝らないといけないかもしれない。

 俺にとってはできるだけ安全にたくさんの魔物を狩ってきてくれる方が儲かるんだし、人を使い殺して良いことなんてなにもない。

 何事もなく平和に暮らしていくためには絶対に避けないといけないことだ。


 だからこそ、森の中をここまで余裕で歩けるエレンが最初に来てくれたのは本当にありがたい。


 感謝の念を込めて俺はエレンへ視線を送る。

 そこで見てはいけないものを見た気がした。


 巨大な豚型の魔物、オークをそのまま火あぶりにして焼いているエレン。


 えっと、エレンって確か料理をしにいったんじゃないのか?

 ど、どうして、魔物を拷問しているんだ?


 嫌な予感に俺は冷や汗を流しながら極力エレンの姿を見ないように顔を背けていた。




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