第2話 Sランク冒険者、エレン

 目の前に突然置かれる巨大なドラゴン。


 それを目の当たりにした俺は思わず呆然としてしまう。



 えっと、これって本物のドラゴン……だよな?



 確かにこの世界にドラゴンがいるという話は聞いていたし、この領地の近くにある未開の大森林にも生息してるらしいことは聞いていた。



 でも、まさかそれが突然目の前に置かれるだなんて予想できるはずないだろ!



 しかし、俺の前にいる女性はそれを気にした様子はなく、普通に話しかけてくる。



「あんたがここの領主か?」

「えっ、あっ、はい……」



 あまりに突然のことすぎて思わず言葉に詰まる。

 しかし、女性はそれを気にしたような様子はなく、むしろ嬉しそうな表情を浮かべる。



「そうか。それなら良かったよ。あの求人票を見てやってきたんだ」



 えっ、もう人が来てくれたのか?



 流石に商人に求人してもらうことを頼んだのは数日前だ。

 まだ人が来るとは思ってなかったので、完全に油断していた。



「もしかして、この領地で働いてくれるのですか?」

「いや、むしろこっちから頼みたい。ぜひ働かせてくれ!」



 目を輝かせ、グッと俺に近づいてきて頼んでくる。

 まがりなりにも美女である彼女に手を握られて頬を染めない人がいるだろうか?

 俺もその例に漏れずに思わず顔が赤くなる。



「そうですか……。ありがとうございます。これからよろしくお願いします」



 俺が頭を下げると彼女が不思議そうにする。



「も、もしかして、即採用してくれるのか? う、嘘だろ? たくさん集まった人から争奪戦になるんじゃないのか?」

「いえ、まだ来てくれたのもあなただけですよ。この人手不足で危険な領地なのですから、中々集まらないのかなと……」



 むしろこんな辺境の地に来てくれる物好きはかなり少ないはずだから争奪戦になんてなるはずがないのにな。

 とにかく早速人が来てくれたことはありがたかった。



「そ、そうか。それは良かったよ。これからよろしく頼む」

「はい、お願いします。あっ、お仕事の方はどのようなことをされますか? まだ人がいないので好きなことをしていただいて構いませんが……」

「そうだな。それなら私は近くで魔物でも狩らせてもらうよ。これでも元冒険者なんだ。まぁ細かい規約があって嫌になったんだけどな」

「それは助かります。この領地は常に魔物に襲われる危険がありましたから……。でも、冒険者なのに細かい規約?」



 冒険者は一般的に自由な職業と言われている。

 好きな時に好きな依頼を受ける。

 ただ、実際になってみたら違ったのかもしれない。



「あぁ、低ランクの時は自由だったんだけどな。高ランクになった途端に普段の私生活まで口に出すようになってきたんだ。『お前はSランク冒険者なんだからもっと上品に食事をしろ!』とか、『人の上に立つんだからもっと言葉遣いを正せ!』とか、自由が売りの冒険者なのに考えられるか?」



 彼女の言葉を聞いて俺は額に手を当てながら聞き返す。



「ちょっと待ってください……。今信じられない言葉が聞こえたのですが……。Sランク?」



 Sランク冒険者と言えば冒険者の中でも最高峰。

 その実力は下手をすると兵隊に匹敵するとかなんとか……。


 流石にそんな相手が領地に来てくれるなんて信じられずに聞き返してしまう。



「あぁ、元Sランク冒険者だ。豪剣のエレンと言ったらわかるか?」



 豪剣のエレン……。

 確かに聞き覚えはある。

 数いる冒険者の中でソロでSランクをやっている人は数が少ない。だからこそ聞き覚えがあった。



「ほ、本当にいいのですか? こ、この領地に来てもらって?」

「勿論だ。むしろあんたのような領主で助かったよ。私が探していた働き口はここだったんだな……」

「まぁ、何か規約で縛るようなこともないですからね。では、これからよろしくお願いします。えっと……、私は――」

「そんな堅苦しくしなくていいぞ。私たちには好きにしろと言ってても領主がそれだと緊張する人間もいるかもしれないからな」

「そうだな。うん、ありがとう。それなら俺はここの領主、ライル・アーレンツだ。これからよろしく頼む」

「その方がいいな。私はエレン・ロウランスだ」



 ガッチリと握手を交わす。



「それにしてもこのドラゴンはどうしようか。流石にこのまま置いておくわけにもいかないからな」

「どこかで売り払ったらどうだ?」

「そうだな。商人が来るまで取っておくか……」

「多分すぐにたくさんの人を乗せて来るだろうからな」



 たくさんの人?

 エレンが予言めいたことを言ってくる。



「あぁ、さっきも言ったが、これだけいい依頼だ。いくらでもやってくる人がいるだろうからな。あとは、給料についての話をするのを忘れていたな」

「そういえばそうだな。一応聞かせてもらうが冒険者ギルドではどういった感じだったのですか?」

「基本的には依頼には依頼料が。魔物を討伐してきたらその素材の買い取りをしてくれたり……とかだったな」



 まぁ、この辺りはよく知っているギルドの話だな。



 近くで魔物討伐をしてくれる……ということだから金の支払い方は同じでいいのかな?



 一応こちらの取り分も考慮に入れて……、その上で何も魔物を狩れなかった時には最低限の給料を渡せるように……。

 一応この世界だと銀貨一枚が一万円くらいの価値だから。



「そうだな。魔物を狩ってきてくれたら、ギルドと同じように買い取らせてもらうよ。それを商人に売って、貰った金の八割を渡させてもらう。最低銀貨三十枚はその魔物を狩ってきた分とは別に毎月支払わせてもらう。これでどうだ?」

「……それで本当にこの領地はやっていけるのか?」

「はは……、多分大丈夫だと思う。もしダメなときは改めて相談させて貰うよ。それにこのくらいしないと人は来てくれないんだ。ギルドがどのくらいの割合を取っているかはわからないけど、そこまで悪い条件ではないよな……?」



 全く魔物を狩ってくれないならかなり損してしまうが、手土産にドラゴンを準備してくれる人だ。

 そんなことはないだろう。



 むしろ、十分すぎるほど稼がせてくれそうなんだが……。



「そ、そうか……。まさか規約にうるさくないだけじゃなくて、そこまで気前がいいとは……。ありがとう、これから私の全てをかけてあなたを守らせてもらう」



 頭を下げてくるエレンを見て、どうしてエレンがそこまでしてくれるのかわからずに俺は少し慌ててしまう。



 実はギルドの買い取りだと手数料等で冒険者に返ってくる金は半分ほどになっていた。それに比べて俺が提案した額はたったの二割しか引かれない。

 冒険者たちには引かれる額が少ない、信じられないような待遇だったのだが、俺はちょっと取りすぎたかな……と不安すら抱いていたのだった。




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