第2話

タイ・バンコク、日本大使館



 タイのバンコクにある日本大使館は1920年代に作られたルンピニー公園を前に存在していて、道路に面した窓からは休日を楽しむ家族連れなどが足を運んでいる様子が見てとれた。図書館や、人工池に貸しボートなど、人気の憩いの場として人だかりも多い中、大使館自体は土日の休日であり建物内も閑散としている

 その中でもここ、海陸の駐在武官室は当番で誰かしら開店休業ながら人員が詰めている場所だった。非番は非番で、例えばうちの海軍タイ駐在武官の遠藤大佐はイタルタイ(タイの民間造船会社)の上役とゴルフに行っており、夜まで付き合いとなっていたから、休みであって休みで無いようなものだが、まぁ詰めている人の数としては少ない。現に当番の私が今日は海軍部では一人だった



『よし、じゃあ食べるか』



 私、こと渡来天音がタイに赴任して驚いたのが、宿舎に台所がなかった事だ。後からガスコンロを買ってきてシンクの脇に置いたけれども、大きめのポッドを用意してなかったので、お湯にすら難渋した。タイでは食事は朝昼晩を屋台で済ます文化があり、女給(メイド)さんの文化もまだまだ根強い。が、まぁ慣れてみれば楽なもので、ある程度どの時間帯でも屋台が開いて食料調達に不自由しないという利点は嬉しいものだ

 通勤途中で屋台から買ってきたのが、濃くて甘い練乳コーヒーと、ゆるく作られた温泉卵にマギーソース・・・味わい的にはたまり醤油というか、これを混ぜたものにトーストをつけて食べるというTKGならぬTKBのセット、屋台でカップ二つを渡されるのだが、お手軽なので最近の流行り。トーストが足りないって時用に買い置きのパンもいくらか部屋に置いてある。来賓用ダヨ?私的流用ジャナイヨ?



『あ、今日は渡来さんが当番なんですね、新聞ですー』

『ん、んっ!ありがとうございますー』



 トーストにベチョっと浸けるので、指先についたソースを最後に舐めてる時に、これまた当番で電話番をしている一般職員の方が大使館に届いた今日の新聞を届けてくれたのだ。恥ずかしい、本土で見られたらどやされたに違いない



Prrrr・・・・



 そんなこんなで朝食を済ませ、今日は何をしようか、とデスクを漁り始めた所で内線電話が鳴り始めた。アチャーと思いつつもボタンを押し、内線電話を繋げる



『あの、渡来少佐、遠藤武官と連絡取れますでしょうか?』

『何事です?』



 先程の電話番の職員の人だ。彼も困惑気味に掛けてきている。遠藤大佐の行っているゴルフクラブは知ってるし、電話をすれば捕まえられるのは問題ないが、何の為の呼び出しかわからなければ子供の使い同然だ



『それが、ウタパオ空港近くに飛行機らしきものが落ちたけれども、民間機に該当なし、外務大臣が大使と説明に来てくれと』

『嘘でしょ。あ、わかりました。こちらも連絡とります』



 えらいこっちゃ。タイの方で民間機での該当がなくて、その上でこっちに言ってくるとなるとタイ以外の軍用機だと思ってるわけで、そんな所まで接近されての墜落なら、ステルスの可能性が高いかもしれない。そのまま電話を切って大佐の携帯へ・・・と、繋がった!



『やぁやぁ、当番ご苦労。僕は戻った方が良いかね?それとも直接出向いた方が妥当かな?』



 遠藤大佐は柔和な声で、さもゴルフのコースを変更した方がいいかな?といった口ぶりで案件の中身でなく、行動を聞いてきた。個人的には嫌いな人だが、そういう所は流石は駐在武官だという振る舞いが出来る人間だ



『一度こちらへ戻られてください。大使閣下も同様に呼ばれていますので、御一緒に参内された方が心情的にもよろしいかと』

『わかった。現刻から30分程で戻ると大臣が先に着かれたら伝えること。武官補は続報があれば資料を纏めておいてください』



 それで電話が切れる。続報は無かったが、一応の確認を行う。近場に寄港予定の空母が居ないか等、同じく連絡された陸軍部の人が、そっちの航空機か?と言ってきたから陸軍さんにも思い当たる節はないみたい。それなら別の国となると、これはこれで大問題で、その対象になりうる国となるとインドネシアの防空圏を飛び越して来てるのでオーストラリア?ありえるのかしら?



キキィッ!



 そうこうしているうちにブレーキ音と共に遠藤大佐が到着する。テニスウェアから制服に着替える間に、現状を報告する。大使の方はまだ到着していないようだ。どこかに家族サービスにでも出ていたか、あるいは催しにでも遠方に出ていたか



『ふむ。まだ余裕があるなら、直接話を聞いてみようか』



 そういって、さも出前でも頼むように遠藤大佐がデスクの電話をとりどこかしらへ電話をかける。直接ってどういう事よ。言葉の端々から、国防省、大臣・・・病院へ、生存者などの文言が聴こえてくる。生存者?遠藤大佐の顔にもいくらか険が見える



『渡来武官補、君に頼みがある』

『何事です』



 受話器を置いて、遠藤武官が改めて頼みごとをしてくる。嫌だなぁ、本当に厄介な話に巻き込まれる前フリだ



『シリキット海軍病院に生存者が1名収容された。それだけなら何の問題もないが、日本語らしき言語で呻いていたと。話はつけたから、意識が戻り次第事情聴取を頼む。武器携行許可』

『武器携行許可了解、公用車でいいですよね』



 一応個人用の車、外務省のナンバーを登録して買った代物はある(2年は外務省の登録から抹消できないが、免税とかがあるので利用した)この場合は防弾がある車と言っていい。それに外交ナンバーの車そのものが許可証に近い効力を発揮するのも期待している



『無論です。報告は直接私に、病院到着、意識の回復と面談後に実施。いいですね』

『了解。では』



 そういって武器保管庫へ向かう。拳銃と弾を確保して、面倒なことになっちゃったなぁ・・・だあぁ、もう!シリキット海軍病院は高速そばだったわよね!?





こうして運命の二人は出会う事となる

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