第15話 山小屋(3)

「あなたたち、これからどうするつもり?」と麻衣。「気の弱い母さんが、じきに父さんにしゃべっちゃうわよ。」


「もちろん逃げるわ。」と伽耶。


「風邪を引いた勝則を連れて行くの?」と麻衣。「可哀そうよ。」


「仕方ないわ」と沙耶。「いざとなったら、本当に死ぬまでよ。」


「あなたたち、いい加減にしなさい!」と真知子。


「それなら、兄さんの意見を聞いてみるのはどう?」と伽耶。「母さんが説得してみるといいわ。私たちは兄さんに従うから。」


「そう、わかったわ」と真知子。


「わたし、兄さんの様子を見てくるわ」と沙耶が言って小屋の奥の部屋に入った。


「勝則は分かってくれるかしら」と真知子はひとり呟いた。


「無理ね」と麻衣。「多分返事もしないわ。」


「どうして?」と真知子。「私は本当に心配しているのよ。」


「そういう年頃だから」と麻衣。「それに、母さんはいつも勝則の話なんて聞かないでしょ。」


「そんなことないわよ」と真知子。「家出の後、父さんと一緒に話をしたわ。」


「どんな話をしたの?」と麻衣。


「心配したって言ったわ」と真知子。


「それだけ?」と麻衣。


「あとはお父さんがいろいろと」と真知子。


 麻衣はため息をついた。


「仕方がないじゃない」と真知子。「男の子のことはよくわからないから、私じゃどうしていいかわからないわ。」


「勝則がどうしたいか聞いたの?」と麻衣。


「聞かないわ」と真知子。「だってお父さんがどうするか決めていたもの。」


「話にならないわね、これじゃあ」と麻衣。


「私、どうすればいいの!」と真知子。「私のどこが悪いのよ!」


「少なくとも勝則に好かれてないわよ」と麻衣。


「なぜよ!」と真知子。「私は勝則のことをこんなに心配してるのに。」


「母さんは本当に兄さんのことを心配しているの?」と伽耶。


「母親なんだから当たり前でしょ!」と真知子。


「そうかしら」と伽耶。「兄さんはそうは思ってないはずよ。」


「どういう意味?」と真知子。


「母さんは面倒ごとが増えることを心配してるだけだって」と伽耶。「兄さんは思ってるわ。」


「ひどいわ!」と真知子。「私は勝則のことを心配してるのよ。」


「どんな心配なの?」と麻衣。


「もちろん将来のことよ」と真知子。「ちゃんとした大人になってほしいのよ。」


「ちゃんとした大人って?」と麻衣。


「一人前の社会人になることよ」と真知子。「トラブルを起こしたり、世間に迷惑をかけたりしない大人のことよ。」


「それが勝則のためになると?」麻衣。


「そうよ」と真知子。「大事なことなのよ。」


「勝則は好き好んでトラブルを起こしているわけではないわ」と麻衣。「盗撮事件は完全な被害者よ。」


「だからって家出しなくてもいいじゃない!」と真知子。


「そうね」と麻衣。「勝則に家出の理由は聞いたの?」


「聞いてないわ」と真知子。「いやになったから逃げたのでしょ?」


「何が嫌になったのか、聞かなかったの?」と麻衣。


「盗撮事件のことに決まってるじゃない!」と真知子。「あなた、何が言いたいのよ!」


「母さんは勝則のことを何も知ろうとしてないわ」と麻衣。「自分の都合を押し付けてるだけって勝則は思ったでしょうね。」


「そんなつもり、ないわよ!」と真知子。「ひどいわ!」


「勝則がどうしたいかは聞かないの?」と麻衣。


「どうするかはお父さんが決めるから」と真知子。


「やっぱり話にならないわ」と伽耶。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る