第16話 山小屋(4)

「勝則と話をしてくるわ」と麻衣が立ちあがった。「しばらく誰も来ないで。」


 小屋の奥に入ると、勝則が簡易ベッドの上の寝袋で寝ており、枕元には沙耶がいた。


「少しの間、勝則と二人にしてくれないかしら」と麻衣。


 沙耶は何も言わず立ち上がって、テーブルのほうへ行った。麻衣は枕元の椅子に座った。


「勝則、起きてる?」と麻衣。


 勝則は少し頷いた。


「そのまま私の話を聞いて」と麻衣。「勝則、あなたを一人きりにして、ごめんなさい。でもあなたのことが本当に嫌いなわけじゃないのよ。あなたが少し生意気だったから、ちょっと意地悪しただけなの。」


 勝則は眼を開けて麻衣のほうを見た。


「わかってくれるでしょ」と麻衣。「それから、あなたのことを盗撮事件の犯人だなんて思ってなかったわ。ただ、確認するためにあなたの日記を読ませてもらった。沙耶と伽耶から聞いていると思うけど。」


 勝則は目を瞑った。


「今日、母さんと私はあなたたちが自殺したという滝つぼに献花に来たの」と麻衣。「あなたたちが死んだという確信がなかった。死体が見つからなかったし、頭の切れる伽耶と沙耶が一緒だったから、きっと大丈夫だって自分を慰めていたわ。」


 勝則はまた眼を開いた。


「だけど滝つぼに来て、もしあなたが死んだという証拠が見つかったら、その場で私も死ぬつもりだったの」と麻衣。「これ、あなたの工作用のナイフよ。あなたの部屋から持ってきたの。これで頸動脈を切ろうと。」


「なんでそんなこと」と勝則は起き上がろうとした。


「あなたが家出したのは私のせいなのよ」と麻衣。「その結果、大切なあなたが死んでしまったら、もう生きていけないわ。」


「姉さんのせいなんかじゃない!」と勝則。


「私のせいよ。私はそう感じるわ」と麻衣。「家出とか自殺ってそういうものよ。残された人間は自分を責めないではいられない。」


「ぼくはそんなつもりじゃなかったんだ」と勝則。


「分かってるわ」と麻衣。「だけどあなたは私のことを、義理であんたの面倒を見てる可哀そうな女だと思ってたでしょ。好きでもない弟の世話をさせられている姉だと。」


「だって時々迷惑そうだったじゃないか」と勝則。


「だから、あなたがいなくなったら私が清々すると思ったの?」と麻衣。


「そういうわけじゃないよ」と勝則。


「じゃあどういうわけなの?」と麻衣。


「姉さんに嫌われたと思ったから、悲しくて」と勝則。


「やっぱり私のせいなのね」と麻衣。「でも代わりに伽耶と沙耶に優しくしてもらえて、よかったわね。私はもう用済みってことでお別れよ。」


 勝則はいたたまれず涙をこらえきれなくなった。


「冗談よ」と麻衣は勝則の髪をなでた。「私は姉だからという理由だけであなたの世話をしていたわけじゃないのよ。」


 勝則は、「うん」と言って頷いた。


「あなたのことが好きなのよ」と麻衣。「わかってくれた?」


 勝則はうなずいた。


 麻衣は勝則の頭を抱えて自分の胸に押し当てた。「もう手加減しないわ。私の気持ちを無理やりにでもわからせてあげるから」麻衣は勝則に見えないように涙をぬぐった。

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