第2話 明かされた真実
「お、俺っ! 人を殺すつもりなんて無くてぇ……っ!」
「うんうん」
「通行人がびっくりするのが、楽しくてぇっ!」
「そうだったんだね、ほら、ティッシュ」
ぐっちゃぐちゃに咽びながら、ようやく話のできるようになった彼。
そこから話される自供については、なんとも、まあ、お粗末なよくある話。
祖父の家にあった鎧を着て、徘徊することを思いついたらしく、試しに一晩やってみたところ、通行人の反応が新鮮で、癖になってしまったのだそう。
鎧は彼の祖父の家にあったものを拝借し、刀は木刀にアルミテープを巻いただけの即席模造刀なんだとか。
修学旅行生のお土産としてよく売られている、あの木刀を使ったらしい。
抜き身のままのものではなく、ちゃんと鞘が付いているものを。
要するに、弥子が旅行者斡旋掲示板で受けた、夜な夜な徘徊する金属音の正体は、若者によるたちの悪いイタズラだったわけだ。
彼は、ほっと息を吐き、依頼者に報告ができることを喜んだ。
「すごくたちの悪いイタズラだったからね。警察に行って、ちゃんとお話しておいで?」
「ゔぐっ、はいっ……!」
スマホ片手に110番。
事の顛末を話すと、最寄りの交番からすぐに駆けつけてくれるようだ。
弥子が泣きじゃくる彼の背をさすり続けること、約十分。
到着した警察官は三人。
彼らに黙礼をし、弥子は男を引き渡した。
一仕事終わった。
大きなため息が、弥子の口から吐き出された。
夜も遅いし、お腹も空いたし。
どこかで適当にご飯を食べて、早く宿泊先に行って寝てしまおうか。
そんなことを考える弥子の視界の端。
難しい顔で女がそこに佇んでいた。
「えっと、あの。なんか、解決したみたい、ですけど」
女は顎を指で挟み、長めの思考をしているようだ。
あのぅ。弥子は再度声を掛ける。
「ん? ああ、ごめんねぇ。すごーく考え事しちゃってた」
にへ、と笑う女は弥子の元へ近付いてくる。
「君、よくあの鎧の声なんて聞こえたねぇ。わたし、全然聞こえなかったよー」
「あ、いえ……。昔から、耳だけは良かったので」
「ふーん。いい特技持ってんじゃん」
弥子の顔を覗き込む女は、感心したような表情を浮かべている。
「そういえば君って、どうしてここに? 観光するには少しばかり狭いと思うんだけど」
もしかして、路地マニア?
なんて言って笑う女に、弥子は、仕事で……。と言葉を濁す。
「ふぅん? 仕事?」
「あ、はい。その、本当はゴミ拾いをするつもり、だったんですけど……」
「もしかして君、これ?」
それは『旅行者斡旋掲示板』。
そのマイページの中にある、『名刺』と呼ばれる旅行者の自己紹介ページ。
「えっ」
「あははー。わたしもなんだぁ」
女は名刺ページをヒラヒラ振りながら、どーも、初めましてぇ。と間延びした言葉で自己紹介をする。
「わたし、旅行者の
彼女の名刺に書かれた『
「これでも修羅場は潜り抜けてるからねぇ。先輩って呼んでくれてもいいよぉ?」
「ひぇっ、えっ、せ、先輩」
「んー……。先輩って可愛くなーい。やっぱむっちゃんでよろしくー」
自由人。
それが弥子から見た、六ツ美という女の印象だった。
「君の名刺はー?」
「あっ、僕の」
「そー。交換しよー」
慌てて旅行者斡旋掲示板、そのマイページを開く。
自分の名前と、最低ランクの旅行者階級。
それから、顔写真のみの簡素なページ。
そこに表示されるQRコードを、彼女は慣れた手つきでスキャンした。
「……へー、君、ヤコくんって言うんだぁ」
「そ、そうです。音江弥子です、よろしくお願いします」
ペコリ。勢いよくお辞儀をすると、なにかがツボに入ったのか、彼女はケタケタ笑い出す。
「うんうん、素直ないい子は嫌いじゃないよー。今どき、本名フルネームで出してる人も珍しいしー」
「えっ、これ、登録の時に書いた名前なんですけど……」
「大体の人は登録した後にマイページで名前変えるんだよねぇ」
ほら、見て。
そう示された彼女の名刺コレクション。
その中には、本名のように見えて偽名のもの、明らかに本名ではない、ペンネーム染みたもの。記号を使っているものまで様々あった。
「一体何のために……」
「防犯対策。それからー、奇抜な名前にすると、依頼者から覚えてもらいやすくなることがあるんだよねー」
「インパクトが強いから、ですか?」
「そうそう。ダガーマークの人、みたいにね。わたしたち旅行者って、掲示板からの依頼だけだとあんまり稼げなかったりするからー、人脈作っておいて後から割のいい仕事を振ってもらうってこともするんだよねぇ」
裏ワザ。
口元に指を当て、内緒のポーズといっしょに微笑む彼女。
今後旅行者として稼ぐつもりであれば、確実に必要となる知識を教えてくれたことに感謝し、再度頭を下げる。
「おっし、それじゃあトンボくんー。 君は今からどうするつもりだい?」
「え、僕、弥子なんですけど……」
「えー? だって君はヤゴくんでしょう?」
彼女は両手でそれぞれ円を作り、それを目に当て、双眼鏡を覗くポーズをしてきた。
「お子様ヤゴくんの成長を願ってー、まん丸メガネのトンボくん、ってことでぇ」
どうやら彼女は、この一瞬でニックネームを決めたらしい。
視力の悪さからかけている、分厚い丸メガネ。
ある意味見た目いじりのニックネームに苦笑し、まあ、いいか、なんて思えてしまうのは、きっと生来の気質のためだろう。
「僕は……夜も遅いですし、このままご飯でも食べて宿泊場所にでも行こうかと」
「あっ、ご飯いいねぇ。わたしもお腹すいたぁ」
ぐうぅぅぅ。と大きな音が鳴ったところを見るに、その言葉が嘘ではないことが、ありありと分かった。
「あとは……。明日の昼くらいに、報告に行くくらいですかね」
弥子の言葉に、彼女は首を傾げる。
理解できない、というよりかは、心底不思議そうな感じで。
「報告? なんで?」
「えっ……。その、仕事も終わりましたし……」
「終わってないよ?」
理解ができない。
彼女の言葉を理解することを、脳が拒んでいる。
「あっ、もしかして、お仕事の内容が鎧着た若者の悪戯を止めてくれって内容だった? あー、ごめんねぇ、そしたら依頼完了してたねぇ」
「……」
嫌な汗が背中を伝う。
違う。違う。
音が喉で渇いて、言葉が出ない。
「ぼっ、僕、が、受けたのは……」
『夜な夜な徘徊する金属音の正体を突き止め、その元凶を排除すること』
「で、でもっ! さっき鎧の中には人間がいて、その人、自白したじゃないですか。悪戯だったって!」
視線を上げて彼女を見る。
彼女はなんとも、気の毒そうな顔をしていた。
「トンボくん。君は……。これが本当に、人間によるものだったと考えているのかな?」
「でも! さっき本人がそう言っていたじゃないですか!」
「本当にそう思う?」
静かな声は間延びをしていない。
「日本の戦国時代に使われていたような鎧って、大きいものだと四十キロくらいはあったんだって。さっきのも、だいぶ大きかったし。大体そのくらいあるんじゃないかな?」
口をつぐむしかない弥子に、彼女は、追い打ちをかけるように淡々と言葉を紡ぐ。
「中に入っていた人は、そこまで筋肉質じゃなかったし、一人の力であれだけ身軽に動けたとは考えにくいよね」
戦国時代の武将でさえ、鎧が重くて動けなかったなんて話が後世に残っているくらいなのに。
彼女が事実を話す度に、弥子の心臓はどくどく動く。
「どうやって動いていたかは正直分かんないけど。だけどさ、ほら、見てご覧よ」
彼女が手で示す先。
今いる路地の、道の上。
「鎧なんて目立つもの、どうやってこの場から、誰にも気づかれずに消えるというのかな?」
けして広いとは言えない道幅の路地に、脱ぎ散らかされていたはずの鎧。
それが、音も立てず、気配すら感じさせず、ただ忽然と消えていた。
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