04 Interlude 失われた記憶



 連休明け、五月だというのに、日差しの強い日だった。

 先月、入学したばかりの校舎はまだ歩き慣れず、階段を上り廊下に入ったところで、シュウは廊下の壁に掲られた室名を確認しながら進んだ。


 長い廊下の先の政経研究室が目的地だった。

 この高校では、部活動の掛け持ちは珍しくない。バスケットボール部の他、哲学ゼミにも参加を決めた。ゼミは月2回、課題図書を読んでディスカッションをする。運動部と掛け持ちする生徒も多く、欠席は多いし、50名程いるゼミ生の内、常連は10名程度。途中から新たに参加するメンバーもいれば、一度来たきり来なくなるメンバーもいるという。


 三度目の参加となるが、一度目は完全に傍聴者、二度目は課題図書の読み込みが足らず、議論についていけなかった。今回こそ手応えを得ようと準備に力を入れた。気負う部分は大きいが、深呼吸をして部屋に向かう。


 研究室の前の廊下の人影が目に入る。同じく、ゼミ生なのだろう。しかし、彼女は引き戸のガラス窓から中を覗き、入室を躊躇っているように見える。


 近づくシュウに気づいた彼女は戸から一歩離れる。

「先、どうぞ」

 シュウが先に声を掛ける。


「あ… 大丈夫です」

 彼女は立ち去ろうとする。

 彼女の真新しい室内履きから、同じ一年生であるような気がした。


「今日は… デカルト、方法序説。読んでなくて、聞くだけの人もいるよ」

 一見さんの多くは、傍聴参加だ。五月末までは、見学を受け入れていると聞いている。彼女の参加を促すつもりで説明した。


「… 入りにくいかな… 」

 ちらりと中を覗くと、いつもより人数が少なく、常連ばかりだった。同じように、室内に目をやりながら、彼女が答える。シュウでさえ、これが初日なら躊躇う雰囲気ではある。


「来月は、大衆の反逆」

 次のテーマから来たらいい、という気持ちで告げたが、彼女は肩を竦めて踵を返した。



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