02 代替の道



 翌朝、目覚めると39度の熱があった。昨夕は、家に帰るなりベッドに倒れこんだ。朝まで一度も目覚めなかったことにもびっくりする。


 出勤前の母に近所のクリニックに連れて行ってもらい、感染症検査が陰性であることを確認して、ほっとした。受験生同士で移し合ったら大問題だからだ。

 家に戻ると、だるさと眠気で倒れ込むように再びベッドに潜った。





 次に目が覚めたのは夕方だった。朝よりも体調はマシだった。

 スマートフォンを手に取ると、かすみからメッセージが入っている。


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かすみ: 文化祭の共有事項、sleckってアプリ入れてって 無料プランで お大事に!

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 寝ぼけたまま、そのアプリをインストールし、指定のチャネルに入った。


 模擬店のテーマは和カフェになったこと、衣装は浴衣になったことなど、昼間に決まったであろうことが投稿されていた。

 初めて使うアプリで、勝手がわからないが、未読のマークが付いているところを順番に見ていく。


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仕入れスレッド

KEN Narazaki: メニューは、わらび餅、飲み物、きなこ棒系のお菓子

Emma Shimizu: 仕入れ先の下見いつ行く?

Kayo Nakagawa: 今週末、模試だから、来週だと嬉しい


KEN Narazaki: 来週火曜は? 北町の業務用スーパーから回ろう

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 映有の通学路にあるスーパーだ。チャネル内のスレッドを一通り読んで、投稿にいいね、のリアクションをする。


「?」

 スレッドを全部読んでも、まだ未読のお知らせが残っている。


「未読メッセージ?」

 スレッドの他に、アプリ内で個別にやり取りするチャット機能があった。未読メッセージを開く。


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SHU: 大丈夫?

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 スマートフォンを握る手が止まった。

 映有は一年前に、メッセージアプリLANEのアカウントを消した。受験勉強に本腰を入れるには、クラスメイトとのグループチャットや、大して仲がいいとは言えない友人とのチャットは雑音だった。新しくアカウントを取り直してからは、かすみを含めて数人にしかアカウントを教えていない。

 それはLANEだろうと、Sleckだろうと、映有のマイルールだ。



 シュウからのメッセージに応えるか、迷う。しかし、昨日二人で話しているし、返信しないのも心配させそうだ。


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AU: ありがとう。検査は陰性。風邪、うつしてないといいけど…

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 何度か表現を書き直して送信ボタンを押した。病人が送るメッセージに"!"マーク付きは元気過ぎる。"!" を "。"に代えた。


 送った内容に変な表現がないかと読み返していると、SHUのアイコンの右下に緑の丸が点く。SHUがオンラインになった。


ブブッ

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SHU: 良かった。熱高いの?

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新しいメッセージが着信した。



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AU: 今、起きたとこで、測ってない 朝よりは元気。多分、明日は行ける

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SHU: よく休んで(zzz)

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 シュウのメッセージの最後に絵文字が付いている。

 入力するテキストボックスの下にある絵文字アイコンを押すと、アプリで使える絵文字が並んでいる。ありがとう、と打ち込んだ後、どの絵文字を使うか考える。


 スマイル?おばあちゃんからのLANEみたいだ。

 ハート?意味深過ぎる。

 OKのハンドサインなら無難だろうか。


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AU: ありがとう (OK)

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 送信するとすぐに大きなスマイルが返ってきた。


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SHU: (smile)

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「おばあちゃんみたい… こういうキャラ?!」

 思わず口走って、声に出して笑った。


 シュウと話したのは昨日が初めてだが、全く知らないわけではない。


 目立つグループの一人だったため、二年になった頃、何となくシュウを認識した。ただ、女子と話しているところはあまり見ないし、堅物だと噂されていた。

 学内の哲学の自主ゼミのメンバーでもあった。映有もそのゼミに誘われ、一度その教室を訪れたのだが、中を見渡した後、ドアをくぐる前に踵を返した。どの学年も秀才揃いで、超難関大学を受ける生徒の集まりでもあった。映有は気後れした。


 シュウが賢いことは、三年で同じクラスになってすぐにわかった。授業中の発言の一つ一つにキレがある。頭の回転の速さはクラスの中でも一、二を争うレベルだった。そして、とっつきにくさも。


 映有が通っていた夏期講習でも、いくつか同じコースを取っていて、夏休み中も顔を合わせてはいた。学校で話をする仲ではないが、他校生が入り混じる塾で、自分のクラスメイトに素通りするのもおかしな感じがした。だから、すれ違うとき、少し口角を上げて挨拶の代わりにした。



 四月から夏休みに入るまでの記憶をたぐってみる。


 朝なら、教室でおはようぐらいは言うはずだ。

 言ったことはあっただろうか?


 そういえば、彼は予鈴の後に教室に入ってくる。

 だから、いつも皆が座っている席の間を大股で通り過ぎていく。

 おはようの挨拶など、皆がし終わった後に。


 やはり、言葉を交わすのは初めてだ。





 その白鳥秀が、昨日、映有に話し掛けて来たことは驚きだった。その上、絵文字を送ってくるとは。


 LANEでもスタンプ合戦のようなコミュニケーションは好きじゃない。シュウのスマイルに何かリアクションするか、暫くそのスマイルを見ながら考えたものの、そのまま画面を落とすことにした。


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