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〈好きなインディーズバンドが大宮のライイブハウスに出るんですけど、水無月さんも良かったら一緒に来ませんか〉
そうメッセージが来たのは、わたしが森さんと駄弁って帰り、彼の言葉からのフラストレーションで夜通しデモテープを作り続けていたころ。そしてわたしがそれに気付いたのは、翌朝の十一時ごろのことだった。午後からの講義しかなかったわたしは、スマホの通知に気付いたのも電車に乗ってからのことで、彼女からのお誘いからはもう半日以上経過していた。
〈それっていつのライブですか?〉
京浜東北線の赤羽あたりで返信をすると、すぐに彼女のアイコンに吹き出しが飛び出す。しゃがれた声の車掌が列車の遅れをお詫びしながら、再びドアが閉まって走り出す。
〈今日。突然ですけど、どうですか?〉
その誘いにイエスと答えたから、わたしは大宮に向かったんだと思う。四限の英語史の講義が終わり、中央線から京浜東北線に乗り換えて。いつもなら浦和に帰るのに、大宮行きの列車に飛び乗った。
そのライブハウスはわたしもよく知っていた。高校生のころ、軽音部に行っていた知り合いがよく出演していたからだ。とはいえ、わたしは一度たりとも行ったことがない。もちろん出演なんてしたこともない。一度だけ「雨宮さんにバックバンドを見つけてきたから、バンドにして出演しよう」って、そこでやってる高校生向けのイベントを提案してきてくれた人がいたけど。けっきょく一人でモノを創ることが性に合っているわたしは、その誘いを無下にしてしまった。
だから、そこに行くのは初めてで。名前を聞いたのは約四年ぶりのことだった。
〈店の前で待ってます。レディオヘッドのTシャツ着てます。水無月さんは?〉
グーグルマップとにらめっこして、何度か交差点を間違えながら。レディオヘッドを目印に探した。大宮の駅はあまり好きじゃない。なんかゴミゴミしてるし、かといって東京ほどの猥雑さはなくて、良くも悪くも中途半端な感じで。住みやすいわけでもないし、かといって歓楽街に振り切ってる感じもしなくて。
〈わたしはソニック・ユースのTシャツ着てます。わかりますか? Gooってアルバムの〉
マップを見ながらそう返すと、すぐにまた吹き出しが飛び出る。
〈聴いたことないけどわかります〉
ぽこん、って通知がきて。そして、またきた。
〈あ、いた〉
わたしは思わず目を逸らす。ぐるりと周りを観察するふうに。
正直言って初対面の人と話すのは得意じゃない。すぐに打ち解けられるタイプじゃないし。でもsallyの誘いに乗ってしまったのは、きっと彼女からわたしと同じ匂いがしたからだと思う。同じ穴のムジナで、同じような人間なら仲良くなれるって、そう思ったからだと思う。
でも、それは昨年やったミスと同じだ。
もっといえば四年前にやったミスもそうだ。
で、今回も同じミスをやらかしたと思った。
ライブハウスの前、小汚い電柱を背もたれ代わりにしていた少女。ミルクティー色に染めたような姫カットみたいな髪と、その胸元にレディオヘッドの『In Rainbows』の刻まれたTシャツ。そして上下アディダスか何かのジャージを着ていた。なんていうか、明らかにわたしより若いし、高校生みたいだし、それにギャルっぽかった。ぜったいレディオヘッドとか聴かなそうなタイプ。スミスなんてぜったいに「ボーカルヘロヘロすぎて全部同じ曲に聞こえる」とか言っちゃうタイプの。だってレディへにアディダスのジャージって、トム・ヨークの上にリアム・ギャラガーを上塗りするようなもんでしょ?
「あ、水無月さんですよね」
手を振るようにスマホを掲げて言った。丸っこいiPhoneケースにはミッチリと貼られた何かのステッカー。カラフルだけど、わたしには何一つそのキャラクターが分からなかった。
「えっと、サリーさん?」
「そうです。えっと……」
彼女は言い淀んだ。
夕陽が傾き始めた大宮の路地裏、薄汚いアスファルトにタバコの吸い殻が散乱するうえで、彼女はステップを踏むみたいに唇を何度もしばたたく。
「こう思ってますよね、イメージと違うって。もっと陰キャが来ると思ってたでしょ。でも、ギャルっぽいのが来てビックリしてる」
大正解。わたしは何も言えなかった。
「でも違いますから。あたし、ちゃんと陰キャだし、サブカルなんで。ほら、レディオヘッド!」
って、まあご立派な胸元のTシャツをアピールするわけで。わたしもしばらく言い淀んでしまった。
「とりあえず行きましょう。もう前のバンド始まってるみたいなんで」
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