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〈良かったらお友達になりませんか? 水無月さんが好きな音楽、あたしも好きです〉


 そんなメッセージが来たのは、わたしの処女喪失事件から何ヶ月も経ったあとのこと。わたしは大学から早々に帰ると、部屋でコーヒーを飲みながらギターを弾いていた。ろくでもない呪いの歌を作りながら。

 すっかり放置していたアプリだったから、そもそも通知の存在にすら気づいていなかった。むしろなんで消してなかったのかと思うくらいに。

しかし、スマホに入ってきたメッセ―ジがすこし珍しいものだったから、気になったんだと思う。というのも、こういうところにいる手合いっていうのは、大概三パターンに分類されるからだ。

 一つ、「暇?」とか「お酒すき?」とか挨拶抜きでいきなり外に連れ出そうとする類人猿。

 一つ、「俺のチンコでかいよ」とか「○○ちゃんはアナルすき?」とかいきなり本番に持ち込もうとする脳味噌と生殖器が繋がっている類人猿。

 そして、「こんにちは」から始まって、上辺のことしか言わない類人猿。

 最後の三つ目が一番人畜無害だけど、彼らはわたしと同じで人とコミュニケーションを取るのがヘタクソなタイプの人間だから、会話がなにも弾まずに終了する。そういう人間未満のサルしかいないのだ。

 だから、驚いた。

 まず、相手が女の子だったこと。

 そしてその女の子が、まさかわたしの音楽好きのプロフィールに反応していたこと(というのも、わたしはプロフをSpotifyと連携していたから、最近聴いている曲が表示されていた)。

「なにそれ」

 わたしはすぐにギターをラックにかけ、スマホのなんて返事するかを考えた。

 相手の名前はSallyとだけ書いてあった。画像は後ろ姿の写真だけ設定されていたが、明らかに学生服みたいなものを着ていた。場所も教室の一角のようで、床は木で縦横に組まれたような模様になっていた。

 しばらくわたしは画面とにらめっこした。新手の詐欺か? と思ったから。最近は日本語のヘタクソな中国人がよくわからないリンクに誘導してくるし。そういう類いだと思ったのだ。

 でも、日本語はそんな不可思議じゃない。


〈はじめまして、マッチありがとうございます。洋楽、邦楽問わずロック全般が好きです。とくに古いのが好きです。ギターもちょっとだけ弾きます。よかったら仲良くしてください〉


 悩んだ末、それだけ送った。

 そしたら、すぐに向こうが返事を打ち出した。相手のほうに吹き出しが映る。彼女はものすごいスピードで、メッセージを連打し始めた。


〈水無月さん、お返事ありがとうございます〉

〈何のバンドが好きですか? わたしはレディオヘッドが好きです〉

〈ギター弾けるのうらやましい。私に教えてくれませんか?〉

〈水無月さん、場所近いですよね?〉


「……すごい、なんかグイグイくるし」

 わたしは少しだけ考える時間が欲しくて、一度何か言い訳でもするみたいにコーヒーを淹れた。別に前のヤツが残ってたのに、時間稼ぎをするみたいに。

 それで結局、考え抜いた長文をなんとか送りつけた。


〈レディオヘッドはわたしも好きです。もともとザ・スミスが好きで、その年代のUKロックが好きです。ギターもその影響ですね。最近はオルタナとかシューゲイザーあたりも聞き始めていて、あと邦楽も聞き始めました。スーパーカーとか、くるりとか。レディオヘッドが好きならスーパーカーとか知ってますか? ちなみに住んでいるのはさいたま市近郊です。大学は東京都内ですが〉

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