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 記憶しているのはここまで。

 次わたしが目を覚ましたのは(より正確に言うなれば記憶にあるのは)池袋西口にある小汚いラブホテルのベッドの上で、時間はちょうど始発が走るような薄暗闇。隣には寝ている先輩と、わたしの下着。貧相なわたしの裸体と、どこかで買ってきた――たぶん閉店間際のディスクユニオンだろう――よくわからないインディーズのLP。

 わたしは彼の衣服のポケットからマルボロを一本拝借すると、それを何口か吸い、少しばかりのカネを財布から抜き取り、会計を済まして部屋を出た。もちろん彼はその場に捨て置いてきた。


 と、いうこれがわたしの処女喪失の物語。最初はいい人だと思ったけど、けっきょく彼もわたしのことを性的なものでしか見てくれないと思えて、とたんにすごく汚らわしいものに見えて仕方なかった。セックスが気持ちよかったかどうかだなんて覚えていない。とにかくわたしは、ただ音楽をしたかっただけ。それがセックスの道具に成り代わっていたことが許せなかった。

 だからだろう。

 その日から、わたしはサークルを抜けたし、少しだけ起きていた『軽音サークルでみんなでバンドしたい』なんて気力もサラサラ失せてしまったし。むしろわたしは、あの岡崎という男に私刑を下したいとさえ思っていた。


     *


 とはいえ、一人の女子大生が私刑を下すなんてできるはずないわけで。わたしにできることと言えば、まず彼を断罪するような歌をつくること。でも、正直これは気乗りしなかった。いちおう作ったんだけど、なんだか「ワンナイトラブとセックス」みたいな最近よくある普遍的な「エモさ」みたいなのがテーマになっているみたいで、自分で書いた詩に嫌気がさしたのだ。どれだけオブラートに包んでも元がその「ワンナイトラブとセックス」なわけなんだから、その匂いが消えるハズないわけで。

 じゃあ歌を作る意外に何をしていたかと言うと、わたしは彼のSNSを吊し上げようと思ったんだ。出会い系のアカウントかなんかでも見つけてやろうと思った。それでTinderとかそういうのに登録してみて、彼みたいな人間がいないか探してまわった。

 でもなんかそれも続けてみて、バカらしいなって思った。それってまるでわたしが岡崎先輩のコトをストーカーしてるみたいじゃないかって。同じ大学なんだから、真っ向から行けばいいのに。わたしはそんなことできないから、だから彼のアカウントでも見つけ出そうとして、偽のプロフィール写真でマッチングアプリをしたのだ。名前も「純」じゃなくて「水無月」と名乗っていた。六月だし、ジュンだから。

 もっとも、その気力も三日目を以て終わった。


 ただ、それをやっていた意味が、一年後になって現れたのだ。

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