1-3
†
わたしとサリーが出会ったのは、幸運というか不運みたいなもので。つまりわたしたちは史上最低な場所で、不幸中の幸いみたいな出会い方をした。
一年くらい前、あれはわたしが大学生になった五月くらいのこと。
岡崎ハルキって男に、わたしの処女が破り散らかされて。そのままわたしは彼をホテルに捨て置いて帰った。あの忌まわしき日から、一年が経ったころ。
*
「うちの近所に音響設備が良い店があってさ、そこでずっと九〇年代のUKロックを流してくれるんだよ。けっこう行きつけでさ」
サークルの新入生歓迎会。
池袋の飲み屋街の、安い大衆居酒屋の一角で。まだ十九だったわたしにウィスキー・ソーダを飲ませた男。彼はわたしを喫煙所に呼び出し、いつも吸っている赤マルを一つわたしに分けてくれた。思えば、マルボロを吸うのは人生で二回目だった。
なんでだろうな。ザ・スミスのTシャツを着て、ダボダボのジーンズとコンバースのスニーカー。ポケットにさしたクシャクシャの赤マル吸って、首にかけたヘッドフォンでアートスクールなんか聴いてる。そんな陰鬱なロックンロールの濃縮体みたいな彼に、たぶんわたしは少しだけ惹かれていたんだと思う。
「雨宮さん、暇なら行かない?」
その言葉がわたし一人だけに向けられていること。それに少しだけ優越感を覚えたんだと思う。気がつくとわたしは、彼の後を追い、歓迎会を抜け出していた。
別に池袋が初めての街というわけでない。よくひとりで西口のインデペンデント系のミニシアターに行ったし、レコードを探しに行くこともある。大宮から出やすいから、わりによく行っていたほうだと思う。池袋は埼玉の植民地だなんてよく言ったものだ。
でも、夜中に歩き回ったのは初めてかもしれない。しかも西口のこんな場所を。怖くないだなんて自分に言い聞かせても、自然と身体は震えてくるもので。わたしは先輩のあとに擦り寄るみたいについていった。彼もまんざらでもない調子で。それでわたしたちは、線路沿いにある雑居ビルの二階に吸い込まれていった。
ちなみにそこが『アリソン』って名前だったんだけど、その由来がスロウダイヴと、マスターの昔の女友達の名前だって知ったのは、それから半年後くらいのことだ。
薄暗いバーカウンターに腰を下ろして、わたしたちはギネスをパイントで二杯頼んだ。店内にはずっとブラーが爆音で流れてて、わたしはなんだかすごく気分が良かった。隣で先輩がぐしゃぐしゃの赤マルを吸おうたって気にしなかった。
「いいでしょ、ここ」
って、彼がお通しのピクルスを囓りながらタバコを吸うとき、わたしの左手はひとりでに『ビートルバム』をなぞっていた。
†
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます