ep.8-1.弥切《ヤキり》と芯太《しんた》
(あの
少しうとうとしただけで、あまり良く眠れず生欠伸が出る。
となりの弦は鼾をかいてぐっすり寝ていたようだったが、..いまも熟睡しているようだ。
(気が小せぇのかな?、あしは…)
何処ででも良く寝れる弦を見てると、枕が変わるとじゃないが、場所が変わると馴染むまで、なかなか眠れない自分が小心者に思えて来る。
もう寝れそうにない、仰向けになり目を開ける、といっても何もみえやしないのだが、普通なら目の前には天井が広がって見えるのだろう。
(あいつらは、何処の誰だったのか…目的はなんだったのか‥)
昨日の夜の事を思い出してみる。
自分を狙ってきた男達は、あきらかに修羅場慣れしていなかった。
大声を張り上げて、威勢はいいが、勢いをつけて無防備に向かって来るだけ。
あれじゃ、場慣れした奴には返り討ちされる。
簡単に返り討ちにしたあとで、足で探ってみたが、
後ろの暗闇に隠れていた奴らの方が、喧嘩や修羅場に場慣れした空気が出ていた。
様子見代わりに押し出された三人の叩きのめせば、後ろの奴らも出てくるのかと思ったが、結局、出て来ようとしなかった。
月明りに隠れた暗闇の中、最も近くで、石と男達を観察していた奴がいる。
目が見え、夜目に慣れてれば、暗闇にいたやつのシルエットくらい見えたかも知れないが、石には気配しかわからない。
ただ気配でも、だいたい分かる、そいつが一番注意しなければならない奴だ。
どんな奴か知っておきたかったから、誘ってみたり悪態ついたりして様子を伺ってみたが、奴もその後ろにいた者達も、全く動かない。
おそらく奴が、後ろの者達をコントロールしていたのだろう、よく統率が取れていた。
しばらく待ってみたが、地面に倒れてる三人の怪我人も早く手当をしてやったほうがいいし、暗闇に潜む奴らと我慢比べをして、朝まで待つのも馬鹿らしくなってきた。
「お前ら、この連中を医者に診せてやれよ」
三人の男が倒れてる地面をトントンと杖で叩いて、暗闇に潜む奴に向かい言ってやる。
返事は無いが、近くにいる奴の呼吸音はずっと聞こえているから、消えたわけではない。
「お前らにとって、こいつらは、使い捨てのコマかもしれないが、そんな連中でも死ねば明日の目覚めは悪かろうよ。あしも素人を痛めつけて気分が悪ぃや。なぁ、手当くらいしてやれよ、分かったか?」
やはり返事は無い。
「にらめっこじゃねぇんだよ。いつまでだんまりつづけるんだ。あしは、どうせ見えねぇ…暗闇は怖くねぇんだよ。意味が分かるか?‥いますぐそっちに行ってもいいんだぜ…」
石が一歩足を踏み出すと、暗闇がざわついた。
五、六人は居る。
酒も入って、旅の疲れも溜まってる、それにここで、これ以上争う理由もない。
「まぁいいや、切った張ったはもう勘弁だし、怪我もしたくねぇ。やりたきゃお前らだけでやれよ。‥‥、
そう言うと、石は暗闇の者達に背を向けた。
杖を振り、ゆっくりと子毛山道を下っていく。
やがて、その姿は見えなくなった。
黙って石の言葉を聞いていた弥切は、石が姿が完全に見えなくなるまで、暗闇に潜んでいた。
そして何度目かの雲間から月が顔を出した瞬間に、ようやく暗闇から月明りの下に現れた。
「間違いない、あの男だ‥」
倒れている男たちを前に、仁王立ちして弥切が呟いた。
握りしめた固い拳が、小刻みにわなわなと震えている。
「
背後から男を呼ぶ声がする。
「
「すいやせん」
叱られ、与助は首をすくめた。
たいして凹んでるわけでもない。
「こいつらを連れてけ、今日のことは黙っておけと念を押して言い含めておけよ。 それから‥。こいつらに
「わかりやした。..あの目暗の言ってたように医者に見せますかい?」
与助が、する気もないことを言って、ニヤっと嗤った。
弥切は、ゆっくり与助を振り返り、同じようにニヤリと嗤う。
「俺たちは
この三人には、今回の仕事の金は渡してある。
怪我をしようが死のうが、それは弥切には関係ない。
動けないこいつらから、金を巻き上げ、盗人のせいにして白を切ってもいいが、そこまで姑息な事をするのは、弥切の矜持に反する。
(裏街道の渡世人が、ちっぽけなクソの役にも立たない
笑わせる‥、と自分で思うが、実際そうなのだから仕方ない。
与助が合図すると数人の男が暗闇から出てきて、地面に倒れている三人を運んでいく。
そのなかにチョロチョロと動く小さな影を見つけて、弥切は影を引っ掴んだ。
「ひっ!」
首を掴まれた数えで十二歳の子供が、驚きと恐怖で小さな悲鳴を上げる。
「
弥切が芯太の襟首を掴みあげる。
引っ張られ身動きとれない芯太は足をバタつかせている。
「お前、俺たちに尾いてきたのか?」
弥切の顔が険しくなる。
今回のことは、助五郎の
知られたくないことだ。
「ちがうよ、オレは郷から来たんだよ」
「ソの郷から?この道は一本道だ。お前が来るのは見えなかったぞ」
ソの郷から子毛の町までは、子毛山道を通る道しかない。
子毛の町から来た弥切達の後ろから、芯太は現れた。
「郷からソの河の川岸を通って子毛の手前までいける道があるんだ。子供しか知らない道だよ」
弥切は、芯太をじっと見る。
嘘は言ってないようだ。
「・・お前何しに来たんだ?」
襟首を掴んだ手を少し緩めてやる。
「オレ、あいつが行くところが分かるから、カシラに話しとこうと思って」
「?? 誰のことだ?」
緩めたタイミングで、襟首から弥切の手を払い、芯太はうまく抜け出す。
「さっきの目暗のことだよ」
「・・・・」
「母ちゃんが家で話してた。妙の家に弦って人が泊まってるんだってさ。職人の棟梁の
芯太は弥切から少し離れて向き直り、首にまとわりついた襟首を直している。
弥切は、黙ったままだ。
「弦って人、目暗の嫁なんだろ?カシラ」
芯太が弥切を見上げる。
「芯太、それ他の誰かに言ったか?」
芯太は聞かれて首をふる。
「さっき郷から来たばかりだもん。誰にも言ってない」
そうか...と言いながら弥切は、屈み、芯太に目線を合わせる。
「お前、こんな暗い中を一人で来たのか?母ちゃんはどうした?」
「母ちゃんは俺が寝たふりしたら、こそっと出ていったよ。たぶん客を探しに行ってるんだ....」
芯太が何処まで母親のしていることを理解しているのか分からないが、うすうす感じてはいるのだろう。
弥切は芯太の肩に手を置いて、諭すように言う。
「芯太、今日は俺の家に泊まっていけ。ただ明日の朝早く起きて、母ちゃんが帰る前に家に戻るんだ。いいな、分かったか?」
「えー、カシラんちに泊まるのは嬉しいけど、朝早くは眠いよ」
芯太は唇を尖らせ不満気な様子だ。
「ばかやろう、ともかく母ちゃんに心配かけんじゃねえ」
芯太はしぶしぶ頷いた。
弥切は、芯太の顔を両手ではさみ、真剣な顔で、
「いいか、あの目暗がどこに居るか誰にも言うな、女房が何処にいるかもだ。もし俺以外のほかの誰かに知られれば、妙の家に悪いことが起きるかもしれんぞ」
と芯太を脅かす。
実際、助五郎が知ったらどんな行動をするか分からない。
「俺に話したことも言うな、忘れろ。お前は目暗の居所も女房のこともなにも知らない」
「え..でも、」
「わかったな」
弥切は真剣だ。
それは、芯太にも伝わってくる。
「わかった。オレ誰にもいわない。あいつらのことは知らないよ」
そう言って芯太は頷いた。
「よし、お前は利口の奴だ」
弥切は芯太の頬をぺちぺちと軽くたたいて、立ちあがる。
そして、芯太の背中を押すように歩き出した。
二人の姿は、暗闇に溶けるように消えていく。
遠くで二人の会話がかすかに聞こえた。
「おれ母ちゃんに楽させてぇんだ、だからカシラみたいな銭を稼げる
「その内な、ただ、渡世人が稼ぐ銭は、普通に生きる奴等を泣かして作ってるもんだ。稼せげば稼ぐほど母ちゃんは泣く。お天道様に背を向ける後ろめたい銭だ。お前が、そのことが分かるようになったらな」
夜風が、二人の声を打ち消していった。
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