ep.7.定吉《さだよし》と助五郎《スケゴロウ》その2

助五郎の一団が街道から居なくなったのを見て、急に由は店終いを始めた。

まだ店終いには早すぎる気がしたが、そのほうが石にとっても都合は良い。


先程さっき、弦を一晩泊めてくれないか? と尋ねた。

すると、由は嫌な顔もせず快く承諾してくれた。


「一人と言わず、二人とも来ればいいよ、狭い所だけど寝泊まりくらいできるから」


と言ってくれたが、とりあえず弦さえ泊めてもらえれば充分だ。


気丈な女だからそういう所は見せないが、ここのところ野宿もあったので相当疲れているだろう。

それに助五郎が居る子毛の町で、弦を連れての宿探しは避けたかった。


「そんな心配は要らないよ、わたしが宿を紹介するからそこに泊まりなさい」


助五郎にそう言われれば断れない。

そうなると、弦を人質に取られたようなもの、逃げられなくなる。


だから、由が泊めてくれると言ってくれたのは本当に有り難かった。


嫌なことは早めに片付けたい、と思うのが石の性分だ。

挨拶を済ませ助五郎の顔を立てておけば、心細くなった路銀を稼ぐためにしばらく町に留まることもできるだろう。


今からなら由の家まで3人を送った後に子毛の宿に行っても、時間的にはそれほどは遅くはならないはずだ。


例え遅くなろうが、夜には慣れてる。

ずっと深い闇の底で足掻あがいてきた人生だ。

弦と出会い、明るい方に出てこれたが、それでもまだ暗い夜の道のほうが体に馴染む。


話が決まれば言わなくても、弦は自分で何をするべきかを考え、行動してくれる。

いまは、由の店終いをテキパキと手伝っている。


せわしなく動く二人の女。 

妙も小さな体で自分にできることを手伝っている。


石は何もせずにいた。


(今のところやることねぇな..)


こういう時は役立たずなことを理解しているので、邪魔にならないよう静かにする。

店から2,3歩離れた道の端っこで、中座りをしてぼんやりしている。


風の、虫が鳴く声、女達が話し合う声がする。


煙草がまた吸いたくなったが、いまはさすがに無神経だろう。


それに、


「いっさんは、休んでて下さい、手伝いは無用ですけど、・・(小声で)たばこは吸わないで」

と釘を刺された。


(あしはそんなに阿保じゃねぇぞ)

とは思ったが・・・


段取りよく働く女性が二人いると、店終いは早々に終わる。

夕陽が陰る前に、店の中の定位置に腰掛は収まり、必要な物は荷車に載せられている。


(やれやれ出番か、)


石は黙って、荷車の持ち手の中に入り引き上げて動かそうとする。


慌てて石を制止しようとした由を、弦が止める。


「妙ちゃんだって働いてたのに、あの人は休んでただけですから。 あのお腹を見て下さい」


見た先には、石のぽっこりとした中年腹があった。 


「痩せるには、これぐらいの力仕事がちょうど良いんですよ」


由に向かって弦が微笑む。


(お前は休んでいいと言ったし… ひでぇ言いようだ)

と、石は心で愚痴をこぼす。


「でも、石さんは・・・」


目が見えない、と言うことは由にははばかられた。


弦は、その事も理解しつつ、


「大丈夫ですから、いっさんに任せてください」

と言う。


弦が石を信頼していることが由に伝わってくる。


「行きましょうか、いっさん」


「ああ」


弦の声に返事して、石は手すりを握りしめ荷車を引き始めた。



カラカラ回る車輪の音、そのまわりを子供を含めて3人の女性がとり囲み、荷車は進んでいく。


最初は荷車から荷物が落ちないか、石が怪我をしないかと心配していたよし

今は沈む夕陽を見ながら、弦と談笑して歩いている。


(手伝ってもバチは当たんねぇと思うんだが、誰も手伝う気はねえなぁ・・)


それなりに重い荷車をひとり引っ張る石の顔を、夕陽が赤く染めていく。


荷車は、盲目の石に触って誘導しなくても、


「すこし左に寄せて、進んで下さい。」

と弦が言うだけで、荷車はその通りに動く。


由も不思議な面持ちでそれを見ていたが、妙はもっと不思議に思ったようだ。


荷車の前に出て赤く染まった石の顔を見上げ、本当に見えてないかを確かめようとした。


「嬢ちゃん、あしの顔に、なにかついてるかい?」


石には妙の姿は見えてるはずはないのに、顔を向けられて、妙は心から驚いた。

走って、後ろを歩いていた由の足下に飛び込み着物にしがみつく。


「ありゃ、どうしたかな?」

と、石が頭を掻く。


「いっさんは、顔はおっかないけど、ああ見えて心持ちは優しい人なのよ」


石の顔に脅えたのかと、弦が妙の髪を撫でながらなだめる。


妙は、じっと荷車を引く石の背中を見つめて思った。 


(このおじさんは、ただ見えないふりをしているだけで、本当は全部がみえているのかもしれない)と。

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