第12話 道具呼び出す月曜日 2

 火釜さんは、いそいそと持っていたショルダーバッグの中から少し柄の長い団扇を取り出した。

 あのバッグもきっと、ナヨの持つエプロンのポケットみたいに容量がいっぱい入るような不思議道具なのだろう。

 それはともかく、火釜さんは、やや頼りない胸を張って団扇をこっちへ向けた。

 団扇は焼き鳥や蒲焼の屋台で見るような、赤い紙を張った竹で出来たものだ。この団扇は一体何なのだ。勝負ってなんの勝負だ。

 俺が戸惑った顔をしているのが分かったのか、火釜さんは怪訝な顔をした。


「……貴方、道具がないの?」

「まだ正式には、ないんじゃないですかねー」


 そもそも道具ってなんだ。そう言うより先に答えたのは、何処からともなく現れた富士野だった。本当に何処から来た。いきなり隣に立っていたので、思わず体がびくっとなってしまった。

 驚く俺と火釜さんとは対照的に、富士野は自慢げだ。


「ふふふー。朝会ったときにちょーっと一部分を八草君にくっつけていましてね。ああ、怒らないで。おかげでこうして来れたんですから」


 爽やかな笑顔を浮かべて富士野は俺の鞄を指差した。鞄の中に富士野の一部が入っていたのか。ぞっとする。

 そっと鞄をなでてみるが、普通のスクールバッグだ。そう思いたい。


「まったく。貴重な若手にちょっかいかけるのはいただけませんねえ、代わりに相手をしてあげましょうか?」

「ま、まだ勝負を挑もうとしただけよ! やってないじゃないの! 本当、かの魔女様に似てきて嫌になるわ……貴方とまともにやりあうなんて馬鹿はしないわよ、はあ」

「おや、そうですか。うーん、それはそれでなんだかつまらないですね」

「つまらなくないわよっ。嫌よ、ただでさえ馬鹿みたいな力を持つ相手にやりたかないわよっもう!」


 富士野は火釜さんの言葉に不服そうである。なんだ、そんなに強いのか富士野。

 富士野を見れば、富士野は俺に気づいて「だから言ったじゃないですか、俺はハイスペックなんです」と自慢げに言った。

 火釜さんはそれを横目で見て、団扇をくるくると手元で遊ばせている。


「本当に、何でヤクサと契約したのかしら……」


 ああ、それは俺もわからない。また富士野と目があったが、富士野はにこにことしていた。本当よくわからん。

 誰ともなく黙るなか、火釜さんが思案げに目を伏せたかと思うと、突如見開いた。


「あら、そうだわ! ねえ、私が道具の使い方ってのを教えてあげるわ! そしたら代わりに……ね?」

「ナヨ、じゃなかった、師匠に紹介すればいいんですか?」

「そう、そうよ。物分りいいじゃない」


 腰に手を当て、びしりと団扇で俺を指す火釜さん。


「それだったら、俺が教えてあげましょうか八草君」


 にこやかに富士野が言う。


「俺は、別にどっちでもいいんだけど……」


 ちらりと腕時計を見る。まるで違う場所にいるわけだけど、時間は経過しているようで、学校が終わってから数十分経とうとしていた。

 早く俺もナヨに会いに行きたいのだ。


「急がないと、ナヨに会えなくなるかもしれないし」


 そう、ナヨは夜になると会えなくなる。昔言っていた。夜はそこにはいないのだと。今もナヨが夜になると早く帰れと促すのは、そのせいだろうと思っている。


「あのー……やっぱり勝手に教わったらそれはそれでナヨが、師匠が怖いので、火釜さんがよければ紹介だけしますよ」

「へっ?」

「八草君……」


 素っ頓狂な声を上げたのは火釜さん。富士野は呆れた顔でこっちをみている。


「火釜さんは、多分大丈夫な人だと思います」


 火釜さんの香りからは嫌な臭いはしない。すっと呼吸をすると、暖かくて、落ち着く香りがした。

 あ、これ、今日は焼き芋の香りみたいだ。お腹が空いてきたと思っていたら、余計に二人に変な顔をされた。

 富士野は相変わらずフローラルでむせ返る香りだから、あえて言うなら富士野よりも火釜さんのほうが身近で落ち着ける香りだ。

 俺の鼻の能力とやらが正しいとするなら、警戒すべきは富士野のほうなのだろう。


「それに、富士野さんもいるし」


 仮に俺を使い魔の契約主と定めているのだから、何かあったら助けてくれるだろう。きっと。期待をこめつつ富士野に問いかければ、富士野は腰に手を当ててわざとらしく息をついた。


「困ったさんですねえ。でも、先に道具だけは決めたほうがいいかもしれません」

「どういうこと?」


 富士野は火釜さんをねめつけた。火釜さんはそれに気づいて睨み返している。


「火釜を大丈夫だというのが八草君の勘ならば、これは俺の予想です。当たりますよ、俺の予想は」


 そう言うと、富士野は誰もいない校庭に向かって進むと、何やら指を使って地面に描きはじめた。


「あっ、ちょっと、あなた勝手に」

「富士野さんは、何を?」

「召喚陣。ヤクサが道具を呼び出しやすくするためのものね」

「え、でも」


 ナヨに黙ってやってもいいものか。興味がないわけではないけれど、後々を考えると勝手はできない。

 けれど、富士野の予想というのも気になった。

 嫌な予感、というか。


 鼻に届く妙な臭いが漂っている。


 きっとこれは俺だけがわかる臭いなのだろう。なぜなら先ほどまではしない臭いだったから。

 嫌な感じだ。

 火釜さんは富士野を見ながら手に持つ団扇をくるくると回している。そういえば、火釜さんの道具はその団扇なのだろうか。

 富士野はまだ校庭に向かって複雑怪奇な模様とミミズ文字を書き込んでいるので、待つついでに尋ねてみることにした。


「火釜さん、その、団扇って」


 俺の言葉に火釜さんは顔を上げた。


「ああ、そうね。道具の説明も分からないわよね……いいわ、先輩として! 教えてあげようじゃないの!」


 最初は少し申し訳なさそうにしていたのに、途中で取り成したようにふんぞり返る火釜さん。校庭のほうから「先輩面したいだけですよー」と富士野が言ってきた。

 直後、富士野のほうへ、猛火が走った。

 間違いじゃない。何もない空間に炎が急に出現して、そのまま富士野目掛けて飛んでいったのだ。

 炎の出所は、火釜さんの団扇だった。


「私たち、魔術や呪いを扱うものには相応の道具というものがあるのよ。自分の力に合った、力を通すための道具がね。私の場合は、燃焼だから主に炎を操るわ。道具の形はイメージしやすいものが選ばれるのが普通ね」


 火釜さんは、なんてことのないように俺に説明するが、今それどころじゃないことをしなかっただろうか。

 俺が富士野がいたところを見ると、墨と人の肌が入り混じった状態の物体がスライムのようにうねうね動いて再生していた。


「うわ」


 思わず声が漏れると、火釜さんはそれを鼻で笑った。


「はっ。それで驚くなんてまだまだね! 富士野はこれくらいでどうにかならないわよ、腹立たしいことにね」

「八草君はー、まだそういうことは教えられてないんですよー。暴力はいけませんよ、全くー」


 間延びした声がした。富士野だ。

 もう再生しきったのか、手についた墨の欠片を払っている。服も一緒に焦げたと思ったが、まったく新品のシャツとズボンを着ていた。相変わらずラフな格好なのは富士野の趣味なのだろう、多分。


「さて、出来ました。火釜、ちょっとそこで待っててください」

「邪魔なんてしないわよ」

「万が一があっても困りますから」


 そう言って富士野が手招きしたので、近寄る。


「八草君は呪い師に何か言われるのを恐れているのでしょうけど、保身のため持っておいたほうが安心です。さ、そこの陣の前に。そこです」


 富士野が指定した位置に立つ。

 正面には富士野が描いた陣が。赤黒い色なのはなぜかは、予想できそうで聞きたくない。しかし、火釜さんの炎に巻き込まれたと思ったのに、くっきりと綺麗な図形は保ったままだ。


「八草君の力は何でしたっけ」


 にこりと富士野が言う。


「……ええと、回復と促進だってナヨが言っていたけど、戦闘向きじゃないから火釜さんみたいな感じは無理だと思う」


 そうだ。俺の力はRPGで言うところの僧侶ポジションだ。

 こんな力で火釜さんのあの炎に対抗できるとは思わない。もし、勝負をしてあの炎を受けていたらと思うと、今更ながらにぞっとしない心地がする。

 けれど富士野は殊更嬉しそうだった。


「そうですか、契約する前から思ってましたが、いいものじゃないですか。使いようによっては結構凄いものだと思いますよ? 八草君は力がそれなりにあるようですからね」

「回復が?」

「物は考えようですよ? あ、ちなみに俺の能力を教えておきましょうか。俺は再生、分解、構築。内緒ですよ」


 そう言って人差し指を俺の口へ向けた。


「内緒ですからね」


 にっこり笑って、富士野は手を召喚陣のほうへ向けた。


「さあ、八草君のイメージで結構です。自分の身近にある道具のほうが便利がいいと聞きますから、そういったもので能力に合うちょうどいいものを考えてみてください」


 富士野が陣に向かって手を払う仕草をすると薄ぼんやりと赤黒い陣が光った。

 俺は陣の前で目を閉じ、考えた。

 回復と促進といっても、ぱっと浮かぶものがない。浮かぶとしたらゲームの僧侶のイメージが強くてメイスとか杖とかしか出てこない。


「あ、考えるときは旧式言語で頭に浮かべてくださいね」


 富士野がさらに言ってくるが、余計にこんがらがりそうだ。

 ぐるぐると考える中で、頭にミミズ文字が浮かぶが、朝から見た机やらイスやらばかりで、イメージに結びつくものがない。

 ミミズ文字を浮かべながら、その中でぱっと閃くものがあった。

 朝、ベランダで見たあのジョウロの文字。

 そこまで思って目を開けると、目の前にちょこんとした小洒落たジョウロがあった。我が家の母がほれ込んだシンプルジョウロと良く似ている。それに比べると幾分か小さく、ジョウロの先が細長いが。


「出たみたいですね」


 富士野が言うが、これが俺の道具なのだろうか。

 まあ、確かに、物を育てたり注いだりというイメージで回復や促進はありかもしれない。

 ジョウロを手にとって、まじまじと見る。本当に家のジョウロにそっくりだ。


「道具の使い方は実践が一番です。火釜、そろそろ戻らないとあなたもしんどいのでは?」

「分かってるなら、もっと気遣って言うべきじゃないかしら」


 火釜さんがカツンとヒールを鳴らして、校門前のコンクリートを踏む。


「ああいった魔術道具は使用者の力を削りますからね。八草君、練習に丁度いいです。火釜に向かって使ってみてください。使い方は適当でもなんとかなります」


 おい、最後投げやりだな。


「はあ? ちょっと、ヤクサ、貴方の能力って何なの」

「ええと」

「攻撃じゃないですから。さ、八草君」


 俺が答えようとしたのを遮って富士野が促した。そっと小さく言われる。


「自分の力についてはあまり言わないほうが得策ですよ」

「火釜さん、自分で教えてくれたけど……」

「彼女、お間抜けさんなので。ささ、やっちゃってください」


 笑顔で言って富士野はぽんと俺の肩を押した。

 いいのだろうか。

 火釜さんは警戒した顔でこっちを見ている。安心してもらうために、敵意はないですと曖昧に笑ってジョウロをそっと前へ出してみた。

 体調回復、できたらいいなと念じながら。

 すると、ポウッと淡くジョウロの先が緑に光って、消えた。


「……なんなのよ……ってあら?」


 火釜さんの反応にジョウロを下げる。


「……ふうん、なるほど。貴方、回復系なのね……礼は一応、言っておいてあげるわ」


 ツン、と顎をそらして仁王立ちで言う火釜さん。これはあれか、ツンデレという奴なのだろうか。


「ほら、これで大丈夫でしょう? さっさと戻してくれますかね」

「わ、分かってるわよ!」


 富士野の言葉に言い返して、火釜さんはポーチの口を開いて閉じた。





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