第5話 スライドで広がった木曜日


 学校の終礼が終わると同時に、クラスから飛び出して家であるアパートを目指す。友人にもあらかじめ用事があるから早く帰ると言ったし、部活は入っていないので、放課後拘束されるものはないのだ。

 今日は何を教えてもらえるのだろうか。そわそわしながら駆け足でナヨの家へと向かった。



「500円玉と筆記用具だけ持って来い」


 さっそくリテイクをくらった。ピンポン押して顔を覗かせたらすぐだった。

 出鼻をくじかれたが、昨日と同じように、我が家の玄関近くに鞄を投げて鍵を閉めておく。今日は母さんがパートの日で父さんは出張中だから家に誰もいないためだ。

 筆記用具の入った缶ペンケースとズボンのポケットに500円玉をねじこんで再びナヨの家のチャイムを押す。

 ピンポン。

 少しの間を置いて、ドアがゆっくり開く。


「入れ」


 ナヨの顔がちらりと隙間から見えてすぐ消えた。許可が下りたのでドアを開けてナヨの家へと入り込んだ。


「お邪魔しまーす」


 言って入ると、ナヨは既に部屋の奥へと移っていた。俺も靴を脱いで揃えてから布の仕切りをくぐって部屋へと進む。

 部屋の真ん中にあるちゃぶ台には、今日は鉢植えのみが置いてある。鉢植えの中には土やスポンジとかはなく、ただの鉢植え単品だ。

 ナヨは胡坐をかいて座って何やら作業をしている。赤錆びた色をした細い植物の茎と思われるものを数本持って編んでいた。

 俺が来るまで作業していたのだと思う。10cmくらいのミサンガに似た何かが出来ていた。

 ナヨの近くに座ると、ナヨは顔を上げた。


「ヤクサ、筆記用具は一旦そこにおいておけ。500円は持ったか」

「持ってる」


 缶ペンケースをちゃぶ台の上において、ズボンの右ポケットから500円玉を取り出して見せる。

 ナヨはそれを確認すると、手を止めて俺に紙切れを差し出した。昨日イヤというほど見たミミズのような走り書きと、日本語で『判別・選別用』と書いている。


「昨日教えた送り皿で注文してこい。注文の仕方は、送り先、32さんに、ザッカ、だ。言う前に500円と紙は皿に入れておくこと。間違っても後から指や手を入れるなよ」


 昨日教えてもらったナヨの仕事道具『送り皿』は、物を送ることが出来る不思議な代物だ。30kgまで送ることができるが、手順を間違えると体から一部分が消し飛ぶ。想像してひやりとする。

 五体満足、安全第一。紙切れを受け取って500円玉片手に立ち上がる。


「終わったら戻ってこいよ」


 ナヨの声を後ろに聞きながら、浴室トイレのドアの前に立つ。

 確か、1、2、1のリズムでドアをノックするとよかったはずだ。

 コンコココン。

 ノックをしてからドアを開けると、クリーム色の小さな部屋につながった。そのことに小さく息をしてから部屋へと入る。

 真ん中には白の台座と白の杯のような大皿。

 その前に立って紙切れと500円玉を入れた。紙切れはともかく500円玉は沈まずに張力を保って浮いたままだ。さすが不思議道具。


「送り先、32、ザッカ」


 皿に向かって緊張しながら言うと、プクプク泡が浮いて紙切れと500円玉は消えていった。無事送れたようだ。

 完全に消えたのを確認してからナヨのいる部屋へと戻る。


「送ってきたー。ザッカって人のこと? 場所のこと?」

「場所でもあるし人でもある。ザッカは雑貨屋を営む奴の名前だ」

「本名もザッカなんだ」

「いや、俺が勝手につけた」


 つまるところ、宛名というものは、便宜上の相手を現す名前というもののようだ。携帯にくる迷惑メールを『彼女☆』と表示させるようなものだ。

 ふんふんと納得して座ろうとしたら、部屋に鎮座していた柱時計から音がした。


 パッポウ。


 時計のカチコチや、ボーンとかいう鐘の音ではない。妙に電子的な音でカッコウの声に似せた音が響いた。もしやこれも不思議道具ではなかろうか。

 ナヨがミサンガもどきを編むのをやめて、立ち上がる。 

 ナヨの動きを目で追うとナヨは柱時計の前に立ち、俺を振り返って見た。


「ヤクサ」


 手招きされたので、ナヨの隣に立つ。


「これは『受付時計』という。送り皿と対を成す道具で、受け取り専門だ。大きさは縦横1メートルまで」

「どうみてもこの時計そこまで大きくないけど」


 受付時計という柱時計ににた時計は、せいぜい俺の身長の半分程度だ。横は3、40センチくらいだろう。


「まあ見ていろ。これはさっきの音が鳴ったときにだけ開けれるようになる」


 そういうとナヨは柱時計を上に押し上げるように動かすと、柱時計の表面がズーっとずれた。続けざまに右側へスライドするともやのような空間が広がった。


「横にずらした分だけ、開けることができる」


 そう言って右側を行ったり来たりしてから、ナヨが手を離して数歩下がった。

 数秒後、白いもやの向こうから小物が入るサイズの紙袋がぽいっと出てきた。

 咄嗟に手にとって受け取る。ぱっともやの方向を見ると、ナヨが開いた空間は静かに自動で戻っていった。あっという間にただの柱時計だ。閉じるときは自動なのか。

 じーっと時計を見ていたら、ナヨはさらにこの時計の説明をする気になったらしい。「ヤクサ」と俺の名前をよんで注目させると、時計をけだるげに指差した。


「知らせの音が1回のときは、リアルタイムでついた知らせ。音が2回連続であれば留守の間に荷物がきた知らせ。3回のときは荷物が紛失したか運送ミスか何かトラブルを知らせる知らせ。3回の知らせのときは受付時計は開かない」


 ナヨの説明に頭がこんがらがりそうになりながら聞いてると、ふっと笑われた。


「とりあえずは1回は物が届いた知らせ。2回は留守配達があった知らせと覚えておけ。どちらも時計をあけると荷物が勝手に入ってくる」


 今度は把握できた。頷いて見せれば、ナヨは俺の持っているさっきとどいた配達物を取り上げた。


「さて、次だ」


 ちゃぶ台へ戻ってナヨが胡坐を座りなおしたので、俺も近くに座った。


 紙袋をかさりと開けてナヨが取り出したのは栄養食品でよく見るタイプのゼリー飲料パックらしき物とドングリに似た木の実が1つ。

 それをちゃぶ台の上に出して、最初にゼリー飲料パックっぽいもののキャップを開いて、ナヨは植木鉢の中に入れた。数センチくらいの厚さの透明ゼリーが植木鉢の中に溜まった。

 続けてナヨは木の実を真ん中に置いた。


「ヤクサ、血か爪か髪の毛をよこせ」

「はあっ? 急に言われても……」


 血はいやだし、爪切りもハサミもないため、手で適当に髪の毛をつまんで引っこ抜く。


「一本でいい?」

「十分だ」


 差し出した俺の髪の毛をひったくるようにナヨが奪って、これまた植木鉢に入れた。

 変化はすぐ起きた。

 パチンとはじけるような音がしたので、すぐさま植木鉢を覗き込む。

 驚いたことに、木の実は殻を破って白い芽を出していた。周りのゼリーが振動して、次第にぐるぐると回る。

 緩やかに植木鉢の中で回転しながら芽はぐんぐんと育っていく。双葉から茎が伸び枝分かれして葉が増えていく。白い色は次第に青々とした緑へ。1分と経たないうちに、小さな木が植木鉢に根を張った。


「実ができるぞ」


 緑はさらに濃くなり枝葉の先に丸い緑の実をつけた。指差して数えてみれば、全部で8つ生っている。

 実が徐々に染まっていく。緑から橙、朱へと移ったかと思えば、朱から橙、黄へと移り最終的には黄緑へ落ち着いた。

 ナヨはふむふむと小さく呟いて、実をぽいぽいともいでいく。実がもがれた木はやがて萎れて枯れ朽ちて、植木鉢の中に灰を残して消えていった。

 目の前で起きた出来事に追いつかない頭で、ナヨがもいだ黄緑の実を見る。

 実は真ん丸に近く、色は若芽のような黄緑。スモモに似ているが、口にするには若そうな印象だ。


「1つは俺が貰う。1つはお前が持っていろ。残り6つは保管する」


 ナヨから実を1つ受け取ってまじまじと見る。これが俺の髪の毛とよくわからん木の実とゼリーから出来た物体か。

 見れば見るほど李に見えてきた。匂いは仄かに甘いような気もするけど、それよりも鼻に抜けるミントみたいな匂いが特徴的だ。


「判別の木の実という。それから出来る木の実は、人により必ず違う。大きさ、形、色で向いたものを判別するのに使われるが……ヤクサ、これから匂うものは悪いものか?」

「いや、ミントみたいに鼻に抜けて、あとから仄かに甘いような……まあ悪くない匂いだと思うけど。俺、嫌いじゃないよ」


 実を鼻に寄せてもう一度匂ってみる。うん、悪くない。


「最初に教えておくが、お前が嗅ぐ匂いの良し悪しは害悪を判別するものだ。お前にとって良いものか、悪いものかがそのまま匂いになっている」

「っていうことは?」

「この実はお前の髪から生った、いわばお前の情報が形になったものだ。悪い匂いじゃないってことは、お前の性根は悪くないってことだな」


 ナヨの言葉に、胸をなでおろしたと同時にちょっと嬉しくなった。

 つまるところ俺は善良な人間であるという証明ということだ。


「お前の性根は腐ってないと判断できたから、安心して弟子候補が名乗れるな」

「ふうん。で、それで、他の判別って一体何? 大きさとか形とか色とか」

「大きさは力の素養。形は資質の方向。色は性質。簡単に言うと、どのくらい強い力が内に秘めているか、力は内側に向けているか外側に向けているか、適性のある力は何か、となる」

「それじゃ、俺の場合は!?」


 なんと魔法っぽいファンタジーな適性か。わくわくしながら聞くと、ナヨはどこからか取り出したガラスの瓶詰めに俺の実を入れながら答えた。


「そうだな……力の大きさは、まあまあ。力の向きは、ほぼ真丸だから中間。内にも外にも使える。力の適性の黄緑は新芽の色……確か植物関連のもので促進と回復、つまり薬屋向きだ。よかったな」

「ナヨは?」

「お前と似たようなもんさ」


 きゅっと瓶詰めのフタを締めて、ナヨは瓶を自分の隣に置いた。


「この実はお前の力を顕現したものに近い。人にやれば回復を手助けしてくれるだろうし、枯れた植物の近くに植えればそれなりに回復できるだろう。大事に持っていろ。もし残りの実が必要になれば、俺に言え」

「わかった」


 手のひらで実を転がしてそっと握る。俺の実、お役立ちすぎるのでは。


「それで、だ」


 ナヨは植木鉢をどかして、またまたどこからともなく見覚えのある薄い冊子を俺の前に置いた。冊子にはみみずがのたくっている。

 昨日の悪夢が甦る。


「今は17時30分だから……1時間ぐらいでいいだろう。あと宿題もつけておく」


 そっと色違いの冊子が横に添えられた。赤、青、緑がお出迎えだ。


「筆記用具を持て」


 ナヨの声に、のろのろとちゃぶ台の上に置いていた缶ペンケースを手に取った。


「俺の弟子候補とするからには、覚えてもらう必要がある。必要に駆られれば、人間は大抵のことはなんとでも出来る。やれ、ヤクサ」


 なんでもないように言ってのけたナヨに、俺は震える手を叱咤しながら冊子を開いた。



本日も最後はのたうつミミズと格闘し、その日俺は夢の中でミミズが泳ぐ夢を見た。


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