(*)



 ただ、それはそこに揺蕩うだけだった。

 揺蕩うしかできなかった。

 それだけの存在、認識すらされなければ揺蕩う他なかった。


 ああ、ああ、なぜだ。


 それは声にもならない問いを。

 誰にも問えない言葉を。

 かろうじてある意識に反芻させる。

 自分はただ揺蕩うだけだ。なのに、あれはしっかりと存在し認識され、そこにあるのだ。

 自分には持てないものを持ち、そこにいる。


 ああ、ああ、なんと腹立たしい。


 揺蕩うだけだの存在、それすらも認識されないだろう自分とはまるで違う。

 同じ、魔を抱く存在であるというのに。微かな灯にすらならない自分とは逆、ぎらぎらと輝きそこにいるのだ。そこにいると己を誇示している。


 ああ、ああ、なんと腹立たしいことだ。

 ああ、ああ、なんと腹立たしいことだ。


 何故、何故、だれも気づいてくれない。

 

 存在を認識してくれない。


 ただ揺蕩うだけだったそれは意識に言葉を浮かべ、そして、呪った。


 あれをゆるすか。ゆるしてなるものか。

 同じでありながら、同じでなくなったあれを。


 「ならば、おまえもそうなるがよいさ」


 だれだ、だれだ、だれだ……!

 

 その言葉は意識から空間へ震え伝う。

 ああ、いま。

 揺蕩うだけのそれは、あれと同じ認識された喜びと、あれに対する怒りのみを現れたカラダに駆け巡せる。


「ほぅら、キッカケは作ってやったさ。あとは自由にやるといい、せめて一つでも傷つけるくらいにはなってくれよ」


 自由、じゆう、自由!


 ああ、傷つけてやるとも。


 それはようやっと、一歩歩み出した。



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