(十一)
「相変わらず、ネオリアはつれないね。結構な仲なのに」
そう言って、不敵にほほ笑む黒衣の女性。反応しなくなったネオリアにいづるは心の中でいろいろ悪態をついていたが、視線を感じて仕方なく女性へと顔を向ける。
女性はにっこり笑っている、笑っているが、なんだか得体のしれないなにかを感じていづるは一歩後ずさる。
暫しの見つめ合いに、たまらず口を開いたのはいづるの方だった。
「えーっと、保健医の方ではないですよ、ね?」
「そうだね。まぁ、あっちの方ではそれらしい担当にもなるけれど」
「あっち?」
「あっち、あっちはあっち。わかるだろう?」
綺麗な青のマニキュアが塗られた爪のついた指で、すいーっと空を指し示す女性に、あっちってどっちだよといづるは突っ込みたくなるのをぐっとこらえる。
「……」
「……」
再び訪れる、暫しの見つめ合いの時間。
「……」
「……」
(あー、これ、あれだな)
ふふっと笑う女性を見つめて思う、これはあれだ、非常にめんどくさい人だと。
入ってきた瞬間に、ネオリアがいることを見抜き話しかけてきたのだからどう考えてもネオリア案件でメンドクサイにおいがぷんぷんしている。
(判断を間違ったぞ、これならもう家に帰った方がよかったんじゃ)
そんなことを思いながら、いづるがなんとも苦い顔をしていると、それを女性は面白そうに見つめきれいに微笑んだ。
「ほら君、入ったばかりだろう新人君、ここはちょっと挨拶にと思ったんだ」
「えーっと、挨拶? ですか?」
「うん、そうそう、挨拶ね。担当地区が同じなんだよ、これからよろしく頼む。私はオリビア、オリビア・デュノー」
「はぁ、俺は」
「有川 いづるくんだろう? 遥人から聞いてるよ、なかなかちょっとの事では動じない人物だと聞いてたのだが、私に驚いてるようじゃあ、まだまだだな」
「はーっはっはっはっ」
いや、驚くだろ。二度目だ、この人物に突っ込みたくなったのは。大体、そんな怪しさ満点な雰囲気に恰好、話しかけてきた内容から声を上げないなんてできないはずないだろうと言いたくなる。言いたくなるが、こらえてかわいた笑いを飛ばす。
(いいか、自分、こらえろ)
こらえろ。これに流されたら更に、ネオリアたち以上のことで巻き込まれる――と、脳内で赤信号が点滅しているからである。
(というか遥人さん、紹介するならもっとましな方法を選択してほしかったんだが。あぁ、もう、だめだだめだ。ここは耐えろ自分、平常心平常心)
まるで念仏を唱えるかのように、心の中で何度もつぶやく平常心の言葉。
いづるがなんにも気にしませんからのにっこり笑みを返せば、おやっと器用に片眉を上げてオリビアは声をあげた。
「なるほど君、学習能力が高いというか早いというか、面倒なことに巻き込まれない予防線張るのが早いな。けれど残念、もうここに入った時点で巻き込まれてるんだよね」
「いや、ネオリアに会った時点で確定してたというべきか」と続けて呟いたオリビアに、いづるはそれもそうだと反射的に頷きそうになって、やめた。
まだ、認めたくはない。
まだ。いける。
なにが? だが。
「おいっ、どういう意味だって、ちっ、やっぱりか」
そこでようやっと、無視を決め込んで寝ていたネオリアが声を上げる。カバンから嫌そうに顔を出して辺りをふんふん鼻を動かし窺いだした。
「ここに、この辺りにドンピシャ道があるな。けどやっぱ、ちぃせえ」
「その通り、小さいし細すぎる。のわりにはだよ? 漏れ出してる魔の気が大きい。でき始めた道ですぐさまそんなものがあふれ出すことはそうそうないはずだろ? 最初は小さく、少しずつあふれ始めてできる道のはずなのに! だ」
ネオリアの言葉にオリビアがうっそりとわらって目を輝かした。その目は赤みがかった黒から赤紫に変化し、爛々と輝き楽しそうである。
ああ、これはやはり確定した。いづるは心の中で頭を抱える。
ここに入るべきではなかったのだ。
ネオリアがいる時点で。
道のことを言った時点で、警戒するべきだったのだ。
「もしかして……もう今日のバイト、はじまってます?」
「何を言うんだい、君」
これまたオリビアは、器用に片眉を上げ、面白そうにうたうように言い放った。
「昨日から、バイトの時間は続いてるじゃないか」
はじまりもなにも、もう、はじまっているんだよ。
そう続けられて、いづるはオリビアと言う女性になんとなく負けた気がして——
たまらずカバン片手に、片膝をついたのだった。
「負けた」
「いや、何にだよ」
「いいコンビだねぇ、ははは」
なにがだ、いづるは心の中でそう叫んだのだった。
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