(十)
東堂の後を少し離れてついていきながら、いづるはぼそりと呟く。
「で、お前……えーっと、ネオリア? は、遥人さんには言って出てきたのか?」
いづるが小声でカバンに声をかければ、くぐもった声が返ってきた。
「? なにをだ?」
「何をって、え、まさか黙って出てきたのか?」
「いちいち、アイツに何か言って行動なんてするか。そんな縛りはないし、俺は俺の思うまま行動するまでだ!」
ふんすっと、鼻息荒く叫ぶネオリアに慌ててカバンを抱き込んで声が聞こえないようにする。ぎゅうっと抱きしめてると「なにすんだ、いたいだろっ」とぎゃあぎゃあ騒いだが、それどころではない。前を足早にいく東堂に聞こえてないか見れば、どうやら聞こえてないようでほっと安堵する。
チャック閉めといてよかった、今度は二重の安全の意味で鍵でもつけておくかなんて心に誓う。
暫く歩いていると、ネオリアが「疲れた、寝る」と呟いて声がしなくなった。
朝からあれだけ元気なら、確かに疲れるだろうなといづるは思いながら、カバンを抱きしめる力を緩めた。
ちょっと強く抱きしめすぎたかもしれない。心配になってそっとチャックを開けて見れば、丸まってくぅくぅ眠るネオリアがいた。
気持ち良さげに、二つに分かれた尻尾を抱きしめ寝る姿は、愛らしさある動物——に見えるかもしれない。
もふもふは癒し、誰かが言っていた。
だがしかし、いづるは思ったことをすぐさま否定するように頭を振るう。
(こいつ、食い意地張った獣だし、うんうん)
弁当もクッキーも、散々食べられたのだ。
きゅっと再び、チャックを閉める。
「さて、有川君」
「は、はい」
「? 保健室、着きましたけど」
「え?」
みればいつの間にか一階の保健室についていた。どれだけネオリアばかりに注意を払っていたのか、周囲に全然気が付かなかった。いづるがぼけっと保健室のネームプレートを見あげていると、どうしたのと声をかけられる。
「まったく、無理はいけませんよ」
「すみません」
いづるのしおらしさを見て、東堂は「しょうがないわね」と呟き
「えっと、ここまで送れば大丈夫かしら? 中へ、一緒に行った方がよいなら——」
「いいえ、ここまでで大丈夫です。ありがとうございます」
「じゃ、じゃあ、授業のことは気にせず休みなさい。いいですね? ちゃんと休むんですよ」
そう念を押すと、東堂はどこかきょどきょどとした様子で足早に去って行った。先程の会話によほど気になることでもあったのか、ネオリアが言うようにただ怖かったのか。いづるには分からなかったが、ネオリアを連れているため、休めるならちょうどいい。
がらりと、保健室のドアを開ける。
「おや、めずらしい。獣を連れた来客かな」
「えっ」
そこにいたのは、保健医にしては清涼とした雰囲気と逆の、気怠さをまとった黒衣の女医だった。椅子に腰かけ机に頬杖をつきほほ笑んでいる。
赤みがかった漆黒の瞳をゆるりと揺るがせると、紫がかった長い黒髪を鬱陶しげに手でかき上げた。
「あぁ、私はここの保健医じゃないよ。ここの保健医はそこのベットで寝てるから」
「はあ?!」
「あー、んだよ。うるせえ、あっ? なんだ、この気配……。あ、やべ、これあれじゃん。俺は寝る」
「おやおや、寝ちゃうのかい? 久々の再会だというのに」
「寝るな! ネオリア!」
「ぐぅ」
先程まで気にしてたのも忘れ声が大きくなるのも構わず、いづるはネオリアをバックから引っ張り出すも、ネオリアは寝たふりを止めない。
それを愉快そうに見ていた黒衣の女医はくすくすと笑う。
「ふむ、気配に気付いたのはすごいね、これでもうまく消してたのになぁ。うん、さすがネオリアだ」
どうやら、ネオリアと知り合いらしい。
ネオリアは「俺は知らない、俺は気づいてない」と呟くばかりだ。
これはなにかある。
いづるはめくるめく嫌な予感に、頭を抱えたくなった。
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