(七)
「だー、はなせ、首根っこ掴むな!」
パタパタと暴れる、紫の帽子のようなものを被った灰色のウサギもどきは、今も焼き菓子に手を伸ばそうと必死だ。その様子に遥人は肩を竦めて「手を放すとあれだから、そのままね、いづるくん」と言うものだから、ちょっと顔から離しながらそのままでいることにする。
ウサギもどき――ネオリアと呼ばれた獣を見ると、フーッと毛を逆立てているようにも見える。
「遥人さん」
「うん」
「このウサギ」
「ウサギじゃねぇ!」
「まあ、見た目ウサギなんだけどね。いづるくん、驚かないねぇ」
こっちがびっくりだよと目をまん丸にさせて、驚いている遥人には悪いが、十分に驚いている。
ただ
「焼き菓子寄越せー」
「食べ物の恨みは怖い」
「ははは、いづるくんが気に入ってくれたなら良かったけど、ネオリアはちょっと焼き菓子食べるの自重しようか。これあげるから」
そう言って台所から遥人が持って来たのはセロリやだいこん、にんじんなど野菜スティックをふんだんに盛った皿とマヨネーズだ。テーブルの上に置くと、ネオリアと呼ばれたウサギもどきは青緑の目を爛々と輝かせた。
「にんじん! セロリ! 食べる、食べるぞ、焼き菓子はちょっと忘れといてやる!」
「やっぱりウサギなんだけど」
「だよねぇ。あ、いづるくん、もう放しても大丈夫だよ」
言われるままに放す。途端、野菜スティックに突進する様はもはやウサギである。両手に野菜を抱え、もぐもぐもしゃもしゃと口いっぱいににんじんスティックを頬張る姿は、まあ、愛らしいになるだろうか。
器用にもマヨネーズをつけて食べている。
「パートナーですか?」
「うん」
「あ、喋る不思議に関してはこの際、突っ込まないでいていいですか?」
「え、突っ込もうよ! あれ普通さ、わあ! 喋ってるってなるよね?!」
遥人が頬に両手を添えて驚きポーズをするが、悪いがそんな驚き方はしない。
というか、そんな古典的な驚き方したくない。
「いや、十分驚いてるんですけど、あれ見るとなんか」
「まあ、食い意地張ったウサギもどきだよねえ」
もりもりとにんじんを頬張って嬉しそうな様子のネオリアに、ソファに座り直しながら呆れた表情の遥人に「ですね」とだけしかいえない。
それほど驚きより、食い意地の方に呆れているのだ。
きっとこの場になずながいたら「凄いよ! パートナーって似るのかな?! いっちゃんと同じくらい、食い意地張ってる!」という、指摘を受けそうなのだが残念ながらいない。
「あまり聞きたくないんですけど」
「何かな」
「駆除って、ネオリアみたいな? 喋る」
「俺は駆除される側じゃねふえ、んぐ、むぐ」
そこだけは聞き逃さないネオリアに、二人は顔を見合わせる。ふっと、遥人が息をついた。
「うーん、驚かない?」
「どうでしょう」
一応、十分には驚いているんですけど、と言えばそうなんだとあちらの方が驚きの表情がやはりでかい。
「まあ、あんな感じのね」
「はあ」
「獣とか、精霊がね」
「はあ」
「実はいるんだけど」
どうもこの町にそれらの通る道ができちゃったみたいで。てへと笑われても、どう受け取ったら良いかわからないいづるは、無表情でそれを流す。すると「やっぱり、いづるくんはリアクション薄いから寂しいなぁ」としょんぼりされる。なぜだ。
とりあえず、話を戻すことにする。
「道っていうのは、ええと?」
「うん、道」
再び真剣な、まだ比較的まともな表情で遥人が話を続ける。
「普段は開かない、精霊や魔獣の道がね、溢れる道なんだけどなんか、この町にできちゃって」
「この町だけ?」
「うーん、一応、僕らが担当するのはここの町だけど」
他はどうだったかなあ。と、考えるように天井を見る遥人に、いづるは「道、道……」と呟いた。
「とりあえず、学校で噂とかない? なんか変な現象とか」
「あ」
そう言えば、あの怪談もそうなのか。いや、ずいぶん昔だとか言ってたしなぁと考え直す。
「あるの?」
「いえ、多分、違うかな」
「そっかー、とりあえず、地道に魔スコット・ガーディアン協会からの知らせと、こちらでも情報収集かなぁ」
「ますこっとがーでぃあん?」
いづるの復唱に遥人が頷いて、微笑んだ。
「魔術・魔の字をとって魔スコット・ガーディアン。僕やネオリアが所属しているところでね、魔獣や精霊を使役、パートナーにした魔術師たちで構成されているんだけど、結構変わった人ばかりで、外にはなかなか出てこない。で、下っ端の僕らがこうやって出て来て問題が起こったら対処するんだ」
まあ、今日からいづるくんも、その一員だけどね。と、器用に片目をウィンクした。
魔術師、と言うことは遥人もと言うことだろうか。
「カミサカー、野菜スティックおかわりー」
「ネオリア、食べ過ぎだろ!」
「変わった魔獣、精霊、魔スコット……」
おかわりの野菜スティックを美味しそうに頬を張るネオリアを見て、瞳が半目になる。あれだ、魔獣だかなんだか以前にただ喋る食い意地張ったウサギだ。
ただ、あの食べっぷり見てると野菜スティックが、なんともおいしそうに見えるから不思議である。
など思ってたら、ぐうと腹がなった。
「今日の夕飯、野菜たっぷりの料理食べたいな」
断じて、ネオリアの食いっぷりに引っ張られてはいない、つもりである。
そうしてその日は顔合わせでくたびれ、いづるは帰って早々に爆睡、夕飯を食べ損ねてしまう一大事を起こしてしまうのだった。
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