第一章

(一)



 いつの世も、人が不可思議な話に好奇心寄せることはよくある事だ。




「……随分昔、この町の中心から少し離れた丘に立つ屋敷があったんだけどさ」

 そしてここにも不可思議な話に固唾を飲んで聞き入る高校生――少年達が数人。

 その中に、有川いづるも入って聞いていたのだが、半分は聞き流していたりする。

 ちなみに場所は科学室。部活動がほぼない科学部の友人により、場所が提供され今に至るわけであるが、窓の外はとっくに夕方の空から夜へ変わり始めている。

 季節は秋で十月下旬。ホラーな話をするには時期を過ぎている気がするが、彼らには関係ないらしい。

 薄暗い室内に、ぼんやりと浮かぶロウソクの火を囲うように座っている、いづると数人の友人達。

 その頭にはなぜか各々カラフルな防災頭巾を首にはなぜか目にきついね! な濃い色したピンクのタオルを引っ掛け握りしめていたりするものだから、きっと傍目から見たらこちらの方が少々ホラー、いや奇怪でおかしなものに見えるんじゃないかと思ういづるである。

「ずるずるずるずるずるずるずるず……と、どうしようもないくらい長いしつこいんだよって言いたくなるような何かを引きずる音に、使用人が思わず、意を決して振り返ったそこには!」 

「ほんっとしつこいねそれ! ホラー半減したけどそこには?!」

「誰がっ」

「出たんだYOU」

 ごくりとつばを飲み込む友人達を横目で見ながら、なんとなくドアの方を見たいづるが声をあげた。


「あっ」


 いづるの漏らした声は、友人達の緊張マックスな心メーターを振り切るのに、一役買ってしまったらしい。

 途端、友人たちの悲鳴ともとれる絶叫と科学室のドアがガラリと勢いよく開くのは同時だった。

「ぎいぃやあぁ!」

「いぃやあぁ!」

「アクリョーよタンスに戻れぇ!」

「それを言うなら悪霊退散だからね! わからねーけど振り回せばタオルでも当たるよねちぇぇすとぉ!」

 などと、各々絶叫に加え見事なツッコミをしながら振り回されるしなしなのタオル。しかし、タオルは何かに当たる事なく、彼らの頭には新たな一人より制裁ならぬものが振り下ろされた。


「だあぁれが悪霊だ、お前らなぁ!」


 すぱすぱすぱこーんっ。


 それはもう、小気味良い音だった。頭を叩かれ、力なく机に突っ伏した友人を横目に振り返れば、怒りの形相で仁王立ちするいづる達の担任・日積圭の姿があった。

 手には何か、あれ懐かしいな少し薄めのタウンページかな? くらいのちょっとした分厚さの黄色い冊子らしき物を丸めて持っている。きっとこれで叩かれたのだなといづるは地味に痛む後頭部をおさえつつぼんやりと考える。

 銀のフレームでてきた眼鏡をキラリ光らせ、神経質そうにかちゃりと右手で持ち上げる担任。

 びしっとグレーのスーツで決めているのだが、残念な点が一つ。胸ポッケからこっそり覗いている、ちょびひげ生やしたニヒルな笑みを浮かべるワンコのボールペンがかっこよさを半減させていたりする。

「あっ、けーちゃん! ちょっ、ホラー話で盛り上がってたのにさぁ、叩いて止めなくたっていいじゃんか」

「そーだ、そーだ、てか、頭おかしくなったらどーすんだよ」

「あー、防災頭巾しといてよかったー」

「ホラーでドキドキじゃなくて、けーちゃんにドキドキとかやだよ俺」

 友人達の言葉に、担任が頬をひくつかせるのがわかる。

「だぁれがけーちゃんだ。先生、せめてけーちゃん先生とでも呼びなさい。ったく、お前らな、暗い中ロウソクつけてなにやってんだ? あっ? ロウソクの火に灯されたお前たちを見つけた時の俺の気持ちが分かるか?」


 誰も居ないだろう科学室に灯るロウソクの火に、ぼんやり浮かび上がる幾つかの防災頭巾の生徒たち。


「そっちの方がホラーだぞ」


「おお、それは」

「考えてもみなかったな」

「確かにホラーだ」

「だな」

 ホラーというかシュールな光景だろう。いづるもうんうんやっぱりそうだよなと頷く。しかし、それに俺たち斬新なホラーを産み出したぜと未だ防災頭巾被って頭寄せ合いぐふふと笑う友人の言葉にはちょっと頷けない。それに追加制裁とばかりにぱこぱこと頭を叩く担任。

(平和だなぁ)

 気づかれるぬよう、ずらかろ。などと思いながら、いづるはそっと立ち上がろうとした。

 だが、行動が少しばかり遅かった。ぽんっと肩に手を置かれる。

「うん? 有川、なに一人逃げようとしてる?」

 担任が、ニヤリと笑う。ちなみに室内はロウソクの火だけの灯り続行の為、迫力満点な笑顔だ。

「お前らな暇だな、暇だよな? よしよし、ホラーばりの膨大な資料作り、ちょっと手伝え」


 横暴だ。友人達の更なる悲鳴があがった。


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