(二)
「もーさー、横暴だよなぁ、けーちゃんもさー」
「ほんっと、ほんと、俺たちはただドキドキを求めてただけなのに」
「てか、けーちゃんどこいった?!」
なんだかんだとコピーして冊子作りに勤しむこと一時間。
数人いたからだろうか終わりの兆しが見えてきた。
ちなみにこの冊子、今週配るものらしいが、生徒にやらせるとは如何なものか。
(まあ、あんな嬉しそうな顔を見たら断れないしなあ)
助かったと嬉しそうに、忙しない様子で職員室へ戻っていった担任を思い出し、いいっかといづるも友人たちも思っていたりするのである。口にして言わないけれど。
ガラリと、音をたてて部屋の戸が開く。
「お、お前ら、手際がいいな! やっぱり数人いると早いよなぁ。ほれ、詫びのジュース買ってきたから」
そう言って、机に置かれた紙パックのコーヒー牛乳に友人たちはフンッと鼻息荒く「どうせなら肉まんも」と注文をつけて言い合いになっている。たしかに肉まんも欲しいところだ。そうだ、帰りに祖母の分のあんまんと共に買っていこうかなどといづるは考えながら、最後のコピー数十枚を友人に渡した。
友人たちはササっと慣れたように紙を折り、冊子にしていく。
なんだかんだやる友人たちである。そうして、すぐに片付いた。
それを見て、いづるは声をあげた。
「先生、コピー終わりました」
「こっちも終わり! やったー、解放される」
「長かったなー」
「肉まんプリーズ」
「あとイカ墨まんもねー」
いづるの終わりの一言で一斉に声が上がる。だが、担任の日積は、すぐ前にあった友人一人の頭をグリグリと撫でると意地の悪い笑みを浮かべた。
「職員室まで持ってきてくれな」
「「「「……」」」」
一気にフリーズ化する友人を横目にコーヒー牛乳をそっとブレザーのポッケにしまい込んだ。
◇◇◇
「結局さあ、この暗い中で帰宅の方が、ちょっとホラーじゃね? 話してる時よりなんかドキドキ」
「つか、さむっ。コーヒー牛乳のチョイスどうよ」
「おしるこかコーンポタージュとかねー」
「いやいやいや、ここは肉まんだろ、なあ、いづる……って、あ! 先にコンビニ入ってきてる!」
友人たちが喋りながら歩く速度に追いつけるほど、コンビニに行けるのだから仕方ない。
さっさと買ってきたいづるに、続けとばかりにコンビニに直行する友人たちの背を見送っていると、ふと横からひょろりとした人が通り過ぎた。
「……っ!」
少し驚いただけで、ドキドキしたわけではない。この瞬間を友人達に目撃されなくてよかったとほっと安堵しながら、その通り過ぎた人の背をなんとなく見送る。
なにやら「おい腹減った」「ちょっと黙って、あとでご飯を」とか聞こえるのは気のせいか。
明らかに一人に見えるのに、二人で会話しているように聞こえる。
と、少し見すぎたらしい。
ひょろりとしたその人が急に振り返って、にへらと笑いかけてきたのだ。驚いて目を見開く。
見ると顔立ちがきれいな(若干、顔色が悪い)、長髪をゆるく括った青年だった。くたびれたシャツに薄いガーディガンを羽織り、下はジーンズに足はサンダルと寒そうな格好である。
「あの、聞こえましたか?」
「え?」
「いえ、視線を感じたから、聞こえたのかなと」
「あ、いや、えーっと」
「はは、突然変なことを言ってすみません。ちょっとした独り言で、ほら、独り身だと何かと話かけちゃって」
「はあ」
「失礼しました、あ、美味しそうな匂い。今度僕も買ってみるかな」
それっと、いづるの持っているコンビニ袋を指差してから、またくるりと前に向き直り歩き出した。しかしまたもや「ほら、お前がうるさいから」「あれ、うまそうだった」「はいはい」などと聞こえる。
「……独り言」
そうあれはあの人の独り言なのだろう、気にしてはいけない。独り言なのだ。
なんとなく、背中に汗が伝う。
「カレーまんげっとー!」
「肉まん、高いのしかなかったー、懐に直撃だよもう! 買うけどね!」
「あんまん♪ あんまん♪」
「やっぱ肉まん、いや、イカ墨まんだろ」
ギャアギャアと言い合いながらコンビニから出てくる友人達にほっとする。
ドキドキはもう十分だと胸中で呟きながら、また、友人達のゆるい足取りの後を追い始めた。
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