後日談・後悔
別れ話を匂わせれば、ドライな彼女も縋ってくれると思っていた。
ゲームで知り合って家が近いから会ってみて、交際に漕ぎ着けたのに別れは早かった。
俺はただ、愛されている実感が欲しかったんだ。可愛らしい女を横に置いて、好き好きオーラを浴びていたかった。
けれど彼女はそういうタイプではなかった。ならば男女の仲にならなければ良かったのに、人生で初めての恋愛の芽を摘むのが惜しくて告白して付き合ったのだ。
彼女から別れを切り出されて、それは相談ではなく既に決断だった。説得も追い縋るのも格好悪いからあっさり手放してしまったが、喪失感が酷い。
当たり前に隣にいて、連絡すれば返事をくれて、その有り難みに気付けなかった自分が恨めしい。彼女は充分に笑顔と優しさをくれていたのに。
別れて数ヶ月して、俺は偶然に彼女と新しい彼氏らしき男がデートしている姿を目撃してしまった。
場所は隣市のショッピングモールで、買い物するでもなくだらだらと歩く2人を追跡してみた。
遠目にもラブラブという雰囲気ではないから「しめしめ」とほくそ笑んだのだが、時々立ち止まっては商品を眺め微笑み合うその空気感は落ち着いた夫婦のようだった。
俺は可愛らしい雑貨屋で彼女と「これどう?」「そういうの好みじゃないの」なんて会話をした覚えがある。彼女の好みを俺色に染めたいと考えていたが、とんだ思い上がりだった。
その後も俺は足が止められず、モール内の喫茶店にまで入り込んだ。
観葉植物を隔てて斜め隣の席で2人を窺っていると、淡々としつつも実に和やかな会話が漏れ聞こえてくる。
「ミルク要らんよな?」
「うん、ブラックで」
「ん」
俺はかつては彼女にカフェモカやラテアートの載ったカプチーノなどをしきりにお勧めしていた。ブラックコーヒーを飲む彼女に「可愛げねぇな」なんて悪態をついたりもした。
「コーヒーに可愛げが必要かな」と応えた彼女にイラッとして、喧嘩に発展して長引いて、別れ話に流れ着いたのだ。
我ながら阿呆らしいな、談笑する2人の声が胸の傷を
俺は彼女に見合う相手ではなかったんだ、そして彼女は俺に見合う相手ではなかった。強制して悪かったな、俺はその言葉さえも伝えられず別れてしまった。
「(…思い上がったー…………わ、あ!)」
姿勢を低くして葉っぱの隙間を眺めていると、2人が人目を忍びながらもキスをした。細めとはいえ対面式のテーブルに男が身を乗り出して、彼女の唇を迎えに行ったのだ。
そして離れれば、「何してんの」と慌てた彼女は男の頭をグーで殴る。
「痛え」
「何なの、ばか」
「良いじゃん、可愛いからつい」
「はぁ?そういうの良いから」
「可愛くなれなんて言ってない。でも俺が感じるのは勝手だろうがよ。可愛いよ、愛おしい」
「……ばか」
俺が伝えたのは「可愛くなって」という願望で、男が伝えているのは「可愛いなぁ」という心情だ。
勝てない、悔しさと情けなさで目が渇く。
帰ろう、コーヒーを飲み干して伝票を掴んだら、男が
「あっちの席の客が、お前のことずっと見てんだもん。所有権を示してやろうと思って」
と俺の方を指差した。
「え?………」
「っ…!」
彼女の反応を見切らぬうちに、俺は会計口へと走って2人から離れた。
「…ゼェ…ハァ…」
敗走した俺を、ふたりは笑うだろうか。それとも「これ以上近付くな」と釘を刺しに来るだろうか。
走って、走って、すぐに家に帰った。
あれから数日、特に何も動きは無い。いい加減に忘れて、新たな出逢いを探した方が良いのだろう。
「(そもそも、俺って恋愛向いてんのかな)」
初めての恋愛は苦い思い出。
誰にでもありそうなエピソードを胸に秘めて、マッチングアプリなど始めてみようかと考える淋しい休日だった。
おわり
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