2・面倒なやりとり、向いてないかも(2話)

面倒なやりとり、向いてないかも

 あぁ面倒くさい、スマートフォンの着信音が鳴る。

 与えられた45分の昼休憩を無惨に蝕む悪虫は、悲しいことに私の彼氏だ。


「もしもし」

 ため息混じりに応答すれば、

『なに、その態度?いい加減にしろよ』

と向こうはいきなり喧嘩腰だった。

 これは仕方ないか、この電話が掛かってくる直前まで私たちはチャットで喧嘩をしていたのだから。ポチポチ文字を打つのが怠くなったのか、通話ボタンを押したのだろう。

 画面が通話着信モードに変わった時点で、私は休憩室から廊下へと出ていた。いかにも痴話喧嘩みたいな内容を同僚に聞かれたくなかったし、恥ずかしいし。


 ちなみに喧嘩の焦点は、私の返事が素っ気なくて可愛げが無いことについてだった。

「いや、聞かれたことには答えてるじゃん」

 『何時に終わりそう?』と尋ねられたので『20時かな』と答えた。

 返答までに時間は掛かっているが、それは受信したのが仕事中だったからなのでしょうがない。

『分かるけどさ、もっと、絵文字使うとかさ、こっちに伝えようって気持ちが足りないだろ』

「それ以上、詳しく答えようがないんだけど。変更あるかもしれないし」

 事実は文字に託している。不確実だから『かな』を付けているし、添付すべき絵文字は浮かばなかった。

『スタンプとかでもさ、可愛いのポンとしときゃ俺だって愛されてる感じすんじゃん、そんな冷たい扱いされんならもうやってけねぇわ』

「そっか」

『……また電話するわ』

「…はーい」

次の電話は別れ話になるんだろうな、すれ違う社員に会釈を返しつつ終話ボタンをタップする。


 しょうもないことからケンカをして、それが収束しないままに次の火種が生まれて。話し合いをしようにも文体にケチを付けられて。

 正直、もう話したくない。

 彼氏とはゲームアプリ内のコミュニティで出逢い、居住地が近いということで親交を深めた。画面上では文字だけのやりとりだったがそれなりに話は弾んで、連絡先を交換しオフ会を経て交際するに至ったのだ。

 そう、あの頃は単語のみの素っ気ないチャットでも意思疎通が図れていた。それが今では、装飾無しでは愛情が届かないというのだから堪らない。

 もっとも、彼に贈る思いやりというものが既に枯渇しているから込めようがないのだが。


「(恋愛、めんどー)」

休憩室に戻り、席を片付ける。

 年頃だし経験しておいても良いかと思って彼氏を作ったが、あんまり楽しくはなかった。セックスも想定よりドキドキしなかったし、どちらかと言えばガッカリした。

 求められている女性像に自分が当てはまらなかったのがいけないのだろう、理想を押し付けられて辟易している。

 私はクールと言うほどカッコ良い振る舞いはできない。キュートと称するほどコテコテ少女的なファッションも好まない。適度に流行りを取り入れるから、我が強いと言われれば否定したい。

 恋人なんて要らない、と独りで生涯を終えるつもりも無い。

 結局のところ、相性が合わなかったのだろう。私の運命の相手は彼ではなかったというだけだ。私は彼が望む彼女にはなれなかったし、彼は私が一緒に居て落ち着く相手ではなかった。

「(冷めてる、のかな)」

 冷静だと褒められることはあるけど、恋愛においてそれは賞賛の言葉ではない。

 恋愛どころか生き方全体でも蔑みの言葉だろうか、だとしたら私は何かと不適合なのだろうか。

 しかし仕事は上手くできているし人間関係も良好だ。推しているバンドのライブに赴くバイタリティや、大声で応援したり没頭できる情熱も持っている。

 恋愛に適合しているかどうかは判断材料が無いが、彼とはこれ以降の発展は無さそうだ。

 今後は是非、可愛らしい文面で愛情を示す女性と交際して欲しい。


「……」

 休憩は残り3分、スマートフォンの画面を再び明からせる。


『感性が合わないみたい。別れよう。』


 私は『さようなら』とウサギがお辞儀をするスタンプを添えてメッセージを送り、ロッカーにスマートフォンを閉じ込めた。



 終業後、ロッカーを開けて恐る恐る着信を確認してみた。そこには『わかった』とだけ、実に簡素な返事が届いているだけだった。

「(自分だって素っ気ないんじゃん)」

 互いの愛情ゲージがゼロになる瞬間を見るのは貴重な体験だったのかもしれない。

 もし絵文字やスタンプをゴテゴテ付けられて交際への感謝を告げられていたら、気持ちは違っただろうか。少しは良い思い出のままで終わらせることができたのだろうか。

「(でも、まぁ、)」

 簡単な言葉だけでは冷淡に感じる、という彼の意見も聞き入れる価値はあった。『どう思われるか』を意識した言動は、これから私もどこかでしていかなくてはならないのだろう。


 しかし肩の荷が降りて、実に清々しい気分だ。

 あとは真っ直ぐ帰るだけなのにもったいない程に精神が高揚している。


「ニヤニヤして、どうかした?」

サヨナラの挨拶を投げようとしていた同期が私を心配そうに覗き込んだ。

「ん?ふふ、身軽になってさ」

「なに、恋愛関係?昼に電話で揉めてなかった?その件?どっか呑みに行く?」

「そだねぇ」

 今夜の肴は失恋話、私は同期にスッキリとした面持ちで「別れたんだぁ」とVサインを決めるのだった。



 あの別れの数日後のこと。

 昼食休憩中に隣り合った親しい男性同僚から

「この前のケンカ、あれ何だったの」

と尋ねられた。

 きっと事務所前での通話を見られていたのだろう。

「彼氏がさ、あ、元カレね。ソイツが、私の打つメッセージに飾りっ気が無いって文句付けてきてさ、反発したら醜い言い争いよ。元々はくだらないことでケンカして、ずるずる尾を引いててね」

「そうなん?絵文字だけで返すとか?」

「ううん、絵文字使わずに文字で端的に打つのが殺風景、みたいな。可愛げがどうこう。あくまで言い出すキッカケだったんだと思うよ。もっとベタベタした付き合いを求められてたのかも…ほら、私って恋愛経験無くてさ、ビギナーなりに頑張ったんだけど…好みに合わなかったみたいよ」

「ふーん…」

同僚はこちらに目線もくれず、菓子パンの袋をクシャッと潰す。

 そして

「俺は、そのサラッとしてるとこ、好きだけどねぇ」

なんてため息混じりに言うもんだから、

「はぁ」

と色気の無い答えを返した。


「……」

「…え、何の話?」

「いや、何でもない」

「……」


 小首を傾げてサラダの容器の蓋を開けて、数秒前のやり取りを頭の中で反芻はんすうする。

 問い正そうと同僚側に顔を向ければ、今度はバッチリと目が合った。

「…メシとか、行かねぇ?愚痴、聞くよ…暇な時で良いから」

 元カレへの不満なら、あの別れ話の夜に同期に話してとうに昇華させている。

「うん?うん…じゃあ今夜とか」

「……ふー…うん、今夜な」

 もっしゃもっしゃとレタスを喰む私を視界に収めながら同僚は立ち上がって、何か余計に言いたげに唇を動かす。

「なに?」

「どんだけビギナーなんだよ……いや、またな」

「うんー」


 あまり気にしたことが無かったけれど、アイツは面倒見の良い奴だったのだな。

 良い仲間に恵まれたなぁと、休憩室から出て行く同僚を見送りサラダを腹に落とした。


 数時間後の食事をキッカケに、その後同僚とそれ以上の間柄に進展するなんて…この時の私は知る由も無いのだった。




おわり

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