祠を壊した。グーで。

カルナウバロウ

第1話


祠を壊した。俺のグーで。

ついでに火もつけた。置かれていたライターではなかなか火がつかなかったので、近くの納屋にあった耕運機からあぶらを抜いてそれをかけて着火した。ここまできて、わざわざ祠を壊さずとも火をつけるだけでよかったのではと思い出した。グーの拳はちょうど骨のところの皮が剥けて、炎の明かりで血がきらりと光っていた。

そういえば、と燃える祠の中に手を突っ込んで中をまさぐる。瓦や木材を掻き回していると目当てのものに指が触れた。


「まんじゅう! まだ燃えてなくてよかった〜」


外装のビニールは溶けてしまったが、たしかに饅頭自体はまだ無事だった。一口頬張ると、饅頭の皮がずるりと剥がれた。腐った餡がぬめりを帯びていて、皮と餡が分離されてしまったのだ。仕方なく饅頭の皮は先程剥けてしまったグーの拳の骨のところに張り付けて、餡だけ食べることにした。


「お、つぶあんだ。覚えててくれたんだな」


俺はつぶあんの粒だけを舌でえぐり出して食べるのが好きだった。それを見た親友からは理解し難いという目を向けられたが、こしあんには出来ないこの特別な行動の楽しさを俺は語ってみせた。

いつものように舌をとんがらせてつぶあんの粒を見つける。潰れていない完璧な粒を発掘できたら当たりだ。見込みがありそうな小豆粒を見つけると、狙いを定め舌先で餡をほじった。すると、小粒だが綺麗なままの小豆を取り出すことができた。今日はいい日になりそうだ。

しばらくそれを口の中で転がしていると、草むらの奥から一人の男が現れた。


「…………だいちゃん?」


男は呟くと俺に走って駆け寄った。


「だいちゃん! だいちゃん!」

「ケンシ、久しぶり!」


ケンシは強く俺を抱きしめ、声を殺しながら泣いてる。泣くのが下手くそなのは大人になっても変わらないらしい。俺はそのボサボサの髪の毛を更にボサボサにもみくちゃにしながら再会を喜んだ。


「寒いだろ。ちょうど火あっから」


ひとしきり泣き腫らした背中に声をかける。ケンシはスーツのポケットからハンカチを取り出すと眼鏡を外して涙を拭いながら隣に座った。祠が燃える火もあったかいし、ケンシも暖かかった。


「だいちゃん、これどうしたの?」


今や焚き木になっている、かつての祠を指差してケンシが言う。


「久保田さん家から燃料とった。俺怒られっかな?」

「そうじゃなくて、この祠、だいちゃんの……」


そこまで言って、ケンシは口をつぐんだ。

十年前の夏、ここで事故があった。水難事故だった。海ほど浮力のない川で、小学生の足が届かない深さの場所で、一人の男の子が死んだ。死んだのは俺だった。それ以後、川のそばにあったこの祠にはクラスメイトからの色紙や、千羽鶴や、花が手向けられるようになった。

それを見た俺は、なんかニュースで見るようなテッパンのお悔やみをされているなーと思っていた。

事故が起きたその年はまだ皆俺のことを覚えていたから、夏休み前まで教室にいた俺との思い出を語っていたし、祠の前で泣く人もいた。でもそれが時間を経るごとに俺が死んだということから、忘れてはいけない水難事故の教訓として扱われるようになった。最近では通っていた小学校で慰霊祭と称して歌をうたったり、消防団の講演会が行われていたりする。その中に、俺のことを思い出してくれる人はもういなかった。


「この祠は俺のじゃないよ。俺の骨はご先祖様と一緒にお墓の中に入ってる。皆はこれに祈ったり、うたいかけたりしてるけど、それはもう俺には関係のないものだ」


それを聞くと、横にいたケンシが焦って頭を下げた。


「ご、ごめん。僕てっきり、だいちゃんがこの祠にいる気がして、いつも供えてた……」

「ケンシはいいんだ。ケンシが供えてくれるものにはいつも俺との思い出がつまってた。休み時間に一緒に飛ばした紙飛行機とか俺が欲しいって言ってたヤーヤー消しゴムとか。今日食べたまんじゅうもつぶあんだったし、俺のことまだ覚えるんだなってわかって、嬉しかった」


毎年夏になると祠には「水難事故で亡くなった小学生」にむけてお供え物が置かれた。安らかにお眠りくださいと書かれた紙とか、お茶とか、ジュースとか。最近ではカップ酒も置かれている。それらが自分へむけて手向けられたとは到底思えなかった。俺がいるのはここじゃない。山一つ越えた霊園だ。ここはただの事故現場で、実際死んだのは運び込まれた病院だ。

俺の死は年を経るごとに誇大化され、人々はここで死んだ小学生に祈っているつもりで空っぽの祠に手を合わせている。怒りはない。ただ、そうすることで徐々に祠の中でなにかが祀り上げられていくのが気持ち悪かった。俺を使って、俺では無いなにかが俺を奪っていくのが許せなかった。

だから祠を壊した。俺のグーで。


「今度はちゃんと墓のほうに供えてくれよな」


そう言うと、ケンシはまた涙をいっぱいにためて、うん、と返した。


祠に放った火が徐々に弱くなっていく。

俺たちはあの頃の声色で再会の約束をした。

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祠を壊した。グーで。 カルナウバロウ @hanihasamattane

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