第20番 蔵 探し物

 翌日。

 良い月が顔を見せる直前、世界が茜色に染まる頃。


「あ、刀がありましたよ!」


 屋敷の裏手、大きな古い蔵。

 薄暗い建物の二回で、床に置かれた無数の木箱、その内の一つを物色していた落葉は中に仕舞われていた一振りの刀を掲げて僕に報告した。


「金細工が施された黒い鞘の刀。探していた蓬莱刀ほうらいとうで間違いありません!」


「やっと一つ目か……」


 落葉からの報告を受けた僕は大量の物品が置かれた戸棚を漁る手を止め、強い疲労の混じる声を零した。


「蔵の物色を初めて、早数時間。これだけの時間をかけて一つしか見つからないとは……先が思いやられる」


「根気強く探すしかありませんね。はい、どうぞ」


「ありがとう。そもそも、僕たちが探していること自体、結構不満なんだけどね」


 愚痴を零しつつ、僕は落葉が手渡してきた刀を受け取り、ゆっくりと抜刀。

 鏡面の刃を露出させ、感嘆の声を上げた。


「蔵の中に仕舞われていたのに、随分と立派な刀だ。まるで最近まで手入れされていたみたい」


「十二家がそれぞれ保有する三種の神器は、劣化することがないそうなんです。いつまでも美しさを保ったままだとか」


「現代には失われた高度な技術が使われているってわけね……あとの二つも、この刀のように場違いなほど綺麗なのかな」


「恐らくは」


「……いや、道具の美しさは別にいいとして」


 晒していた白刃を鞘の中に戻し、僕は腰元に手を当て、呆れた。


「何で別々に保管しているんだろうね。三種の神器なら、一緒の場所に保管するべきだろう」


「あはは……父は片づけが苦手な方なので。あと、探し物を見つけるのも」


「勘弁してくださいよ、俊陰様」


 僕はこの場にいない双命家当主に嘆いた。


 僕と落葉がこの蔵にいる理由は、何も面白そうな物品を漁るためではない。ここに入ってから今に至るまで、古い武具やら遊具、資料など、面白そうな物は色々と見つけたけれど……それらは目的ではないのだ。


 僕たちが探しに来たのは、俊陰様から見つけるよう強く頼まれた、とある品だ。

 その品というのが──。


「蓬莱刀、燕鏡つばめかがみ、龍の勾玉まがたま。奏世師が決闘を行う際は、これら三種の神器を祭壇に捧げなくてはならない……そういう決まりだっけ」


「はい、その通りです。先祖代々継承されてきた宝物を、神に捧げるのです」


「そんな大切な代物を、こんなに雑に仕舞ったら駄目でしょ」


 美しさは保たれたままではあるが、今の今まで存在すら忘れ去られていたと思われる、宝物の一つである刀。


 可哀そうに。人に会うのは随分と久しぶりだろう。鞘の外に、刃を晒すのも。

 僕が同情の眼差しで手元の刀を見つめていると、落葉が苦笑気味に言った。


「せめて一か所に保管しておいてほしかったですね」


「全くだ。あと、一緒に探してほしかったね。人手がもう一つあれば、ここまで時間はかからなかっただろうし──」


「いえ、お父様はいなくて正解でしたよ」


「え、なんで?」


 幾ら探し物が苦手だとしても、若干の戦力にはなるだろう。

 と、僕はそう思ったのだが……落葉は首を左右に振り、げんなりした様子で言った。


「父は探し物を見つけられないだけではなく、あり得ないほどに散らかすんです。整頓されているものまで散らかして、何処に置いたかすらわからなくなる。ここにお父様がいたら、今頃足の踏み場もなかったと思います」


「そ、そこまで酷いんだ……」


「はい。仕えている使用人さんたちに説教をされるくらいには」


 主人が従者に叱られることなんて早々ないだろう……。

 前言撤回。いなくて助かりました、俊陰様。感謝いたし──いや、自分で失くした大切な物を僕たちに探させている時点で、感謝も何もないか。


 文句を言っていても仕方がない。

 もうすぐ月が昇る頃だ。そうしたら、修行に向かおう。

 探し物は、また明日──と。


「お?」


 刀を階段の傍に置き、残りの二つを探そうと、僕は床に置かれた木箱の蓋を開け、そこに入っていたものに声を上げた。


 これは、もしや……。


「何かあったんですか?」


「あぁ、うん。神具ではないんだけど……よっと」


 こちらに寄ってきた落葉に応じつつ、僕は木箱の中に収められていた物を一つ手に取った。


 巻物だ。

 古紙の香りが鼻腔を擽る。虫に食われた痕跡もあり、この巻物が相当古いものであることは想像に難くない。


 紙面に記されているものは……。

 期待に胸を膨らませ、僕は紙が破けてしまわないように、ゆっくりとそれを広げ──そこに記されているものの正体を告げた。


「やっぱり、創唄の譜面だ」


 この巻物は楽譜だった。

 古びた紙面には創唄特有の七線譜が描かれており、その上には幾つもの漢数字と符号が記されている。


 見るだけでこの唄の難しさがわかる。

 これは初心者どころか、ある程度の技術を持った中級者であっても奏でることは難しいだろう。恐らく、序盤で躓く。


 なぜなら。


「この譜面は……龍奏の譜面だね。未完成ではあるけど」


「わかるんですか?」


「勿論」


 頷き、譜面を読み進める。


「未完成になってしまった理由は……途中で気が付いたんだろうね。この譜面はあまりにも難しすぎる。複数体の龍を召喚する魂胆だったのだろうけど、あまりにも自分の力量に合わなかったんだ。勿体ない。完成させていれば、僕が奏でたのに。……ここに未完成の譜面があるということは」


 僕は木箱の中に収められている、大量の巻物を見た。


「これは全部、未完成の譜面なんだろうね」


 要するに、失敗作を保管していた箱なのだろう。

 誰がこれらを書いたのかはわからない。

 ただわかるのは、この失敗作を捨てることができなかったということだけだ。


 途中で書くのを止めてしまった譜面は、もう誰にも奏でられることがない。ゴミも同然の物であり、捨ててしまっても困らない。


 でも、それはできなかったのだろう。

 途中で止めたとはいえ、一生懸命考えて書いたことに違いはない。

 努力の結晶を捨てる勇気がなかったのだ。

 その気持ちはよくわかる。僕自身も、自ら唄を作ることがあるから。


「世界を奏でる技量は足りていなかったんだろうけど……情熱は伝わった。創唄と幻奏世界に対する相当な熱意がないと、これだけの譜面は作れない。例え、全てが失敗作だったとしても」


 木箱の中に収められた巻物は、全部で百は超えているだろう。

 幾つか手に取ってみるが、そのどれもが未完成の失敗作。でも、その全てが情熱をもって書かれたものであることは確かだった。


 思わぬ掘り出し物だった。

 このまま全てを未完成のままにしておくのは忍びない。時間があれば、僕が完成させるのもアリかもな……なんて。


 全ての巻物を木箱に戻し、蓋を閉じ、僕は止めていた作業を再開しようと、貴重な物品が入っていそうな引き出しに近付き、


「師匠」


 落葉に呼ばれ、僕は足を止めて振り返った。


「どうした?」


「あの、こんなところで聞くことではないとは思うのですが……教えてもらいたいことがあって」


「いいよ、言ってごらん」


 促すと、落葉は僕が蓋を閉じた木箱を開け、そこに入っていた譜面を一つ手に取り、その紙面に視線を落とし、質問を口にした。


「私はどうすれば、完全な龍奏を奏でられるようになりますか? 師匠のような世界を、創ることができますか?」

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