・第一章ラストエピソード 改変準備される

 さて、それからまた数週間の時が流れた、7月10日。

 俺は盟友となったジェードを、しばらくの観察の後に正式に味方と認定し、拠点である裏世界の自室に招いた。


 7月に入ってから何を決意したのか、主人公の座を放棄するために、ジェードが女装して登校して来たからだ……。

 どんな手段を使ってでも主人公の座を放棄するその信念を、俺は信じることに決めた。


 腐趣味は、当然抜きで。


「僕の目に狂いはありませんでした。やっぱり師匠こそが主人公にふさわしい方です」


「おう、そんじゃ主人公らしいことしようか」


「え……っ?!」


 ジェードは顔を赤らめて、期待するように俺のベッドを見た。


「色ボケしてんじゃねーよ!? ちげーよっ、学期末の準備だよっ!」


「あ、アレですか……」


「終業式の前日、この魔法学院は再び陰謀の舞台となる。死傷者4名、中退者を含めると、50名ほどがこの学園を去ることになる」


 この事件はルプゴスやネルヴァによるものではなく、この物語の黒幕による犯行だ。

 黒幕の目的は生徒を使った人体実験。あのカテドラルの上部に存在するこの魔法学院を、ここではない別の世界と相を重ねる。


「ぅ、ぅぅ……その日、休んじゃダメですか……?」


「主人公が舞台の危機から逃げるなよっ!?」


「だってっ、異世界に学校に飛ばされるとかっ、そんなの生身で体験したい人なんているわけないじゃないですかっ!」


 ここに1人いる。俺は右手だけ上げて自己主張した。

 終業式の前日、三年生と先生方をのぞいた全員が魔界のような場所に飛ばされる。

 1度でいいから『漂流教室』してみたかった俺には、テンション上がる展開だった。


「黒幕、今倒すとか、無理……?」


「無理だな。今ケンカ売ったら、こっちが3ターンキルされる」


「うぅぅ……なんでこんな世界に転生しちゃったんだ、僕……。もっと、お嘆美な世界が良かった……」


「百歩譲ってガールズラブゲームだな」


「うんっ、僕そっちも好き!」


「……あー、その話はおいといて。シナリオ通り、俺たちはこのシナリオを受け入れる」


「僕、休んじゃダメですか……?」


「ダメだ、師匠に付き合え。ていうか、俺たちの手で被害者を少しでも減らそう」


 ジュードは魔界行きに迷ったが、やっと決心してくれたのか主人公の顔をした。


「知ってる人が死んじゃったり、大怪我で夢を打ち砕かれるのは、出来れば回避したいですよね……」


「ああ、負傷者も死者も1年生がほとんどだからな……。それ、守れねぇなんて、先輩としてふがいねぇだろ?」


「師匠はこの世界にのめり込み過ぎです……」


「お前がドライなんだよ。とにかく俺たちの手で、死者ゼロ、負傷者少数の結末を作り上げるぞ」


「わかりました……師匠がそう言うなら、手伝いますよ……怖いですけど……」


 どんだけ他人任せなんだ、この主人公……。

 その弱さが人間らしいといえば人間らしいが、俺たちの主人公なんだからここは『ドーンッ』かまえてほしい。


「じゃ、ミシェーラたちを呼びに行こう」


「えー……せっかく師匠の部屋に来たんだから、僕……休んでからがいいです……」


 ベッドを指さすな、ベッドを……。

 腐展開は、断固お断りだ。


「ミシェーラのこと嫌いか?」


「ううん、一番かわいいから好き」


「じゃあ、メメさんは?」


「二番目にかわいいから大好き」


 清々しいほどにオタク目線だ。

 オタクって、変にこじらせるくらいならこうあるべきかもなぁ……。


「……じゃあ、呼んでも良いな?」


「呼んでどうするんですか?」


「俺たちでカテドラルに忍び込む。予行演習もあるが、切り札に【メギド・クリスタル】を回収したい」


「メギド……何ですか、それ……?」


「お前本当にプレイしたのか? 使うと敵全体に9999ダメージが入る隠しアイテムだ」


 ちなみに使い切り。内部的には『ザコ特効』の特殊な属性攻撃となっており、ボス属性持ちには理不尽にもダメージが75%カットされる。


「隠しって、そんなアイテム知るわけないですよっ!」


「あと、カテドラルの武器庫を確かめる。一年生の被害が大きかったのは、武器を持っていない生徒が多かったためだ」


 それとあの武器庫には切り札が保管されている。

 これも存在を確認しておきたい。


 俺は特別クラスの女子寮マップに向かい、ジェイドに壁抜けの角度をレクチャーしながらミシェーラ皇女をの部屋を訪ねた。


「あら、ヴァー様、お待ちしておりました。それで大切なお話とは、どういったものですの?」


「メメたちの時間を消費させるなんて良い度胸でしゅ。ガルちゃんとのお散歩に支障が出たら、八つ裂きでごじゃりますよっ」


「アゥゥゥーンッ♪」


 元ご主人様をガルちゃんが遠吠えで迎えてくれた。


「裏世界に待たせている人がいる。悪いがあっちで話せるか?」


 人質にふわふわのガルちゃんを抱っこして、壁抜けをさせた。


「ああああっっ?! なんてことする人でしゅかっ! 早く入れるでしゅっ!!」


 裏世界に二人を送ると、向こうではガルちゃんがモテモテになっていた。

 さすがに『この世界はゲームです』とは言えないので、どうしても協力してもらいたいことがあると二人にお願いした。


「まぁーっ、楽しそうっ♪ 行く行くっ、忍び込みますっ、私っ!」


「ろくなことしないでごじゃりますな、この男っ! 先生にバレたら、全部ヴァレリーのせいにしましゅよっ!?」


「ああ、それで良い。おいおい事情は話すから、ひとつ頼むよ」


 話が付くと、ガルちゃんも加えてカテドラルに忍び込んだ。

 学期末の章ラストエピソードのために、裏世界のカテドラル・エリアに頭をぶつけまくって潜入路を探したかいがあった。


 真っ先に『とある方法』を使って武器庫に忍び込み、必要な物がそこに存在していることを確かめた。

 それが済むと次に、カテドラルで最も上層にある迷宮の扉の前に行き、第1号迷宮と呼ばれるそこを下った。


 地下5階の下り階段の奥に、実はすり抜けられる隠し通路がある。


「ヴァー様って不思議な人ねー」


「のんきなこと言ってる場合じゃごじゃりませぬよ、姫様!! こ、ここ、普通じゃないでしゅ!!」


「う、うぅ……付いてくるんじゃなかったです……」


「何を言ってる、この戦力ならごり押し余裕だ。パッと行って、サッと必要な物を手に入れて、みんなで飯にしよう」


 ここから下はBランク相当の隠しエリア、第1号・裏迷宮だ。

 頼もしい前衛ミシェーラ、メメ、ジェードを盾に、一歩も止まることなく深層へと下った。


「あった、【メギド・クリスタル】だ。さあ帰ろう」


「し、死ぬかと、思った……」


「それ、何に使うでしゅか……?」


「世界平和のためだ」


「うそくさーっ、でしゅ……!」


「ふふふっ、はぁーっ、楽しかったぁーっ♪ 本日はお誘い下さり、まことにありがとうございます、ヴァー様! 血沸き肉踊るとはこのことでしたっ!!」


 なんの障害もなくあっさり手に入った。

 敵の大半は最強の護衛たちが片付けてくれたので、ほぼ俺は後ろから眺めているだけだった。


「学期末になれば、もっとすげー興奮が待ってるぜ」


「まあっ、本当ですかっ!?」


「ああ、コイツはその時に使うんだ。頼りにしてるぜ、ミシェーラ」


「はいっ、お望みとあらばどんな戦場にもお供いたしますっ♪」


「この男、時々刺し殺したくなるでごじゃります……」


 7月19日、魔法学院は魔界に呑まれる。

 物資の備蓄を含め、下準備はいくらしておいても不足はなかった。


 ドラゴンズ・ティアラ第一章クライマックスまで、あとほんの少しだ。

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