・悪役令息 ささやかな報酬を贈る
シナリオを変えない程度のささやかな仕返し。それは一見簡単なようで難しく、プランを立てて実行を移すまでに7日間もかけてしまった。
そこはルプゴス王子が寮ではなく、シナリオにないゲーム外エリアで暮らしているため、偵察が難しかったのもある。
しかしルプゴス王子の生徒会活動日の行動パターンは決まっている。
ルプゴス王子は生徒会の仕事を終えた後に、堂々とそこに保管されている酒気の抜かれたワインボトルを開き、副会長フォルテとちちくり合いながら一杯やる。
スチール絵付きのイベント経由で、ルプゴス王子の悪趣味っぷりはよく知っていたが、実物を見せられると悪趣味どころではなかった。奴隷以下の扱いをされるフォルテに、同情せずにはいられなかった。
「わるいやつだぜ。それー、なーにー?」
「これか? お通じがよくなるお薬だ」
「おつーじ? なにそれー?」
「お前、スライムだもんなぁ……。平たく言えば、下剤だ。それも超強力なやつ」
「おーー、それ、のんだらー…………くっ、くっ、くっ! おぬしもー、わるよのー、ほぉーれ、ほぉーれ」
「お許し下さいましぃ、お代官様――って何やらせんだよっ」
「ふっふっふー、だれもー、たすけなんてー、こねーぜ、べいべー」
「続けんのかよっ」
ポケットの中のまおー様に『ぽよぽよ』とソフトなツッコミを入れて、俺はルプゴス王子のいつものワインに下剤を仕込んだ。
「でもー、おトイレ、いかれちゃうよー?」
「ふっ、当然そこは抜かりない」
「やく? トイレ、やきうちー?」
「もっと面白い方法がある」
俺は強力な脱力魔法【ウィークネスⅡ】のスクロールを取り出した。
購買に代金を置き、無断でパクッて来た物だ。
「この扉のここの取っ手に振れたとき、ウィークネスⅡが発動する罠を仕掛ける。……これで、ささやかな復讐の準備完了だ」
「こうするとー、どうなるのー?」
「漏らす」
「おぉぉー……。おまえー、ワレのつぎにー、まおーのさいのー、あるぜー」
「次転生したら、魔王にでもなるか」
「じゃあワレー、だいまおーねー」
「なら俺は大々魔王だ」
今宵、彼の者に絶望が訪れるだろう。
やられっぱなしはしゃくである。
お前が俺にしてくれたように、俺もお前に愉快なエンターテイメントをくれてやろう。
・
・ルプゴス王子
今日は気分が良い。
先週はヴァレリウス暗殺計画に失敗こそしてしまったが、私は優秀な操り人形ネルヴァを手に入れた。
その上、先日は母上が父上に口利きをして下さり、私の学生ランクをAに戻すように掛け合って下さった。
私は特別な存在だ。特別である私が罰されることなどないのだ。
知恵、権力、武力、全てを持つこのルプゴス・アンフィスバエナに逆らったあの愚か者は、いずれは破滅するように社会の仕組みが出来ている。
私こそが天。天に逆らう愚か者はいつの時代も最後は自滅するのである。
「フォルテ、お前以上に愛おしい女など、私の前にはもう二度と現れないだろう」
「嬉しい……。わたくしもお慕いしております、ルプゴス様……」
「ククク、当然だ。フォルテよ、今後とも全てを私に捧げろ」
「はい、尊きお言葉のままに……」
私の機嫌の良い日はフォルテも安心した顔をする。
奴隷らしく、主人の機嫌の浮き沈みに敏感で、そこが私には卑屈に見えてさらに愛おしい。
この女は一生、私の思うがままに生きることになる。
フォルテは棚を開き、そこに保管されたいつものやつを取り出す。
グラスに赤い液体を注ぎ、主人へと差し出した。
「わたくし……今日はルプゴス様がいつもやさしくして下さり、とても嬉しかったです……」
「毎日、私の機嫌が良ければ世は平和であっただろうな」
「い、いえ、そんなことは――うぁっっ?!」
グラスを受け取り、フォルテの身体の一部を鷲掴みにした。
安堵よりも、苦悶に顔を歪める姿の方がフォルテは美しい。
私は苦しむ奴隷の姿に愉悦を浮かべながら、酒気の抜けたワインを飲み干した。
恋人ならグラスの中身を分け合う。しかし我らは主人と奴隷だ。
「……む」
「どうか、されましたか……?」
「少し、腹が冷えたようだ……。少し、出て来る……」
奴隷に手伝わせ、制服を身に着けた。
「う……っっ」
「ルプゴス様……?」
「な、なんでもない……っ、しばらく、ここで、待っていろ……っ」
い、いかん、な、なんだこれは……!?
過去に例のない激しい……う、うぐぉ……っ?!
今、普通の歩き方をしたら、け、決壊してしまう……っっ。
なぜ、なぜ急に腹痛が……っっ。
この国の第二王子である、この私が、19歳にもなって、漏らしたなどっ、あってはならない……っっっ!!
「ご無理をされないで下さい、ルプゴス様っ! わたくしがおトイレまで……っ」
「余計なことをするなっ、こんなものっっ!! ……ぁ…………」
あ……あ……あ……ああああ…………。
扉の向こう側には、通りすがりの一年生女子のグループがいた。
食堂での遅い夕飯の帰り、のようだな……。
私は彼女たちの目の前で、今日までの人生で、最大の過ちを犯した……。
音、臭い、表情、姿勢。全てが弁解不能の醜態の大合唱だった……。
「う、うそぉぉ……っっ?!」
「う……っ、な、何この臭いっ?!」
女どもは信じられないものを見るような目で私を見た。
臭いに鼻をつまみ、悪臭と恐怖に後ろへと下がる。
「わ、私たちっ、何も見てませんっっ、し、失礼しますっっ!!」
「えっえっ、どういうことっ!? 漏らした? 王子様、漏らしたの、アレッ!?」
「臭っっ、普段何を食べてんのよ、アイツ……ッッ」
なぜ、なぜ、こんな、ことに……。
わ、私が……私が、人前で、こんな、こんな……っっ。
「あああああああぁぁぁーーっっ?!!」
私は漏らしてなどいない……。
今のは私の幻覚だ……。
私は誰にも醜態をさらしてなどいない……。
何もかもが信じられなかった……。
私の身には何も起きてなどいない……。
あ、あああああああああ…………。
・
・ヴァレリウス
ルプゴス王子が生徒会室で漏らした。
その噂は一晩で魔法学院中に広まった。
スキャンダルに続くスキャンダルに、学生ランクをAに戻すという話はどうやら立ち消えとなり、ヤツは来学期もCランクが続く不幸に見舞われた。
金と権力にものを言わせて目撃者を黙らせたようだが、もはや時遅く、ルプゴス第二王子は学園どころか都中の人間に、うんこたれ扱いを受けている。
俺は軽い気持ちで下剤を仕込み、あわよくばあの場でヤツが漏らすように仕組んだだけなのに、人間というのは残酷だ。
こんな大変なことになるなんて思わなかった。俺は悪くない。たまたま目撃者があそこに通りがかって、色々なことがピタゴラコンボしてしまっただけだ。
ルプゴス王子なら迅速にもみ消せると信じていたのに、人間の悪意の方が遥かに勝っていた。
だから俺は確実に、全くもって、これっぽっちも、全然悪くなどなかった。
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