・二年生新学期ゲーム本編 始まる

 4月10日、充実した春休みが終わり新学年がやって来た。

 この世界は今日この日をもって、ついに物語の本編を迎えることになる。

 ここから先は少しの間違いが命取りだ。下手をすれば一瞬で全てを失い、惨めな破滅を迎えることになるだろう。


 その緊張のせいか、今日は1時間半も早起きをしてしまった。

 俺、ヴァレリウスは夜明け前の時計塔に上がり、その頂上から東の彼方を眺めていた。

 静けさの中に遠い喧噪が混じる、寂しくも、どことなく心地良い夜明け前だった。


 今日は【ドラゴンズ・ティアラ】の主人公にとっても、特別な日だ。

 王立学問所1年生だった彼は今日、庶民であるというだけで過酷な迫害を受ける。


 新学年を向かえて王立学問所に登校するも、既に彼の籍は学問所から抹消されていた。

 抗議しようにも時遅く、籍をリンドブルム帝立魔法学院に移されてしまった後だった。


 あまりの仕打ちに挫折しかける主人公だったが、苦学を共にした学問所の友人たちの励ましにより、魔法学院への通学を決める。

 翌年から再び王立学問所に戻るために、最悪の待遇FランクからAランクを目指す。

 成績を上げて注目を浴びれば、再び学問所に戻れると信じて。


 かくして追放から6日後の4月16日。剣と魔法と無縁の世界で生きていた主人公の新生活が始まった。

 これが【ドラゴンズ・ティアラ】の大まかなプロローグだ。


 つまり、俺にはあと6日間のリードがある。

 この6日を使って、俺は主人公不在のうちに本編シナリオを進めさせてもらう。

 俺が主人公の座を乗っ取って、破滅のシナリオごと全てを完全崩壊させるために。


 学園の象徴たる時計塔。俺が今立つこの建物こそが、第一章クライマックスの舞台だ。

 ここでの決戦を最後に、物語は第二章である夏休み編に移行することになる。


 俺は第一章の最後に必ずこのクライマックスの舞台に立つ。

 主人公を出し抜いて、俺が一学期の主役となる。

 そうすればヴァレリウスはもう悪役ではなくなるだろう。

 上手くゆけば、物語はヴァレリウスを新たな主人公にしてくれるかもしれない。


 とにかくやってみる価値がある。

 ミシェーラ皇女とメメさんは、主人公になんて渡さない。

 あの2人は俺の物語のヒロインだ。絶対に、譲れない。


 そう決意を固めた俺は、時計塔を離れて裏世界に帰り、これまで執着してきた【魔力制御】ではない新しい訓練に入った。



 ・



「ヴァレリー、その格好はなんでごじゃるか……」


「お、来たのか」


 新しい訓練に勤しんでいると、メメさんが裏世界にやって来た。

 メメさんはパンツ一枚で汗を流す変態男に渋い顔をしていた。


「メメを誘惑するつもりでしゅね?」


「なんでだよ。こんな身体、見て面白いもんじゃないだろ」


「それもそうでごじゃるね」


 起こしに来てくれたのだろうか。

 メメさんは剣を振る俺の隣に寄ると、胸部に視線を落として目を細めた。


「じゅるり……」


「な、なんだよ……?」


「姫様には、とても見せられない過激な光景にごじゃります」


 メメさんはこの物語のヒロインだ。

 そのヒロインが主人公以外の男子をセクハラ目線で見るはずがない。

 パンツをガン見されているような気もするが、それは俺の心がよこしまだからだ。


「……てか、いきなり剣の訓練を始めたことに、ツッコミとかねーの?」


「おお……言われてみれば、あっ、いつものヴァレリーじゃないでしゅっ!?」


 メメさんにビシリと指を突き付けられた。


「先にその反応が欲しかった」


「メメにはもっこりの方が5倍驚きだったでしゅ」


 もっこりって、ちょっと、メメさん……。

 美少女ゲームのヒロインがそんな言葉使っちゃダメだって……。


「今年から剣も始めることにしたんだ。アドバイスとかよろしく、メメさん大先輩」


「あい、もうちょっと筋肉付けた方がメメと姫様の好みでしゅ」


「それは……それは参考になる」


 俺はメメさんとミシェーラ皇女が好きだ。

 こんなにかわいくて友達がいのある2人を、ぽっと出の主人公に奪われるのは嫌だ。嫌過ぎる。

 少しでも2人の気を引きたい。


「もっと眺めてたいでしゅが、ヴァレリーは特別ランクの女子寮の前で待つでごじゃる。特別に、一緒に登校してあげるでしゅ」


「わかった、待ってる」


 訓練用の青銅の剣を置き、ガサガサの木綿のタオルで汗ばんだ肌を拭った。

 メメさんは『じーー』っと人が魔術師のローブをまとうまで、長すぎる観察を続けた。


「で、報告に行かないのか?」


「おおっ、そうだったでしゅ……。むっふっふっ、朝食を食べながら、メメたちが良い話をしてあげるでしゅよ」


「んなことよりAランクの朝飯、少しわけてくれね……?」


「絶対、お断りでしゅ! あ、それと、でしゅね……あの……」


 きっと『帰るから壁抜けを手伝って』と言いたいのだろう。

 俺はメメさんをミシェーラ皇女の寮室に帰してから、準備を済ませて女子寮の前で待った。

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