・毒親 ざまぁ(強)

 ヴァイシュタイン家のエントランスホールを踏んでも今夜はメイドの悲鳴がなかった。

 というか、今夜はメイドそのものがこの屋敷にいなかった。


「おお、来てくれたのか、ヴァレリウス」


 玄関先で息子を迎えたのは父親のカラカラだけだった。


「ああ」


「待っていたよ。食事でもしながらゆっくり話そう」


「腹はいっぱいだ。ネルヴァとお義母さんは?」


「すぐに呼ばせよう。まずは食堂の席に着いてくれ」


 誘いに乗って食堂の自分の席だった場所に腰掛けた。

 ほどなくしてこの家の家族が2階から降りて来た。


 父上も義母上もネルヴァも落ち着いている。

 これが本当に和解の誘いだったらどれだけ良かったかと、俺の中のヴァレリウスが胸を痛め悲しんだ。


 皆がいつもの席に着席しても、もはや俺たちの関係は修復不能だった。

 一見は落ち着いているように見えるが、ネルヴァはヴァレリウスしか見ていない。


「ミシェーラ皇女殿下にいたく気に入られているようだな」


「そうみたいだ。どうも不思議と気が合うようで、毎日自主練に誘われる」


「そうか。つまり婚約はないとしても、将来の重用が約束されているということだな?」


「友人は友人だ、友人の地位を利用する気なんてない」


「だがお前はそう出来る。お前と和解しなければ、当家はとんでもない政敵を抱えることになる」


 和解の誘いなど嘘だ。

 この屋敷には今メイドが一人もいない。

 この時この瞬間のために、暇を出したのだろう。


 なぜ知っているかと言えば、裏世界からヴァイシュタイン家を下見をしたからに決まっている。

 彼らの狙いや手口は既にわかっていた。


「和解すれば片付く話だ。互いに少し頭を下げれば、みんな平穏に暮らせる」


「さて、どうかな、人の心は移ろいゆく。禍根はいずれ再燃し、我々を分かつだろう」


「父上、俺が悪かった。父上が望む才能を得られなくて申し訳なく思う」


 これ以上バカなことはするな。

 そう何かに願いながら俺は父親に頭を下げた。


「お義母上。お義母上と我が母の対立は存じている。だが俺は家に興味はない。ネルヴァと敵対する気もない。信じてくれ」


「ええ、信じるわ、ヴァレリウス」


 一生好きになれん人だ。

 だがこれもここで働く庭師、メイドたちのためだ。

 性に合わないが、俺の中のヴァレリウスは彼らの平穏を願っている。


「ネルヴァ。生意気なことばかり言って悪かった。だが俺たちは兄弟だ。憎しみ合うより、力を合わせた方が賢い。ケンカしても飯が不味くなるだけだろ……?」


 ネルヴァが席を立つと、一斉に父と義母も立った。

 ああ、もうどうしようもないのかと俺も席を立つ。


「和解成立だ。屋敷の外まで送ろう」


「よかった、わかってくれたんだな、父上」


 食堂を抜け、エントランスホールを経由して、夜の庭園に出た。

 そこまで来ると俺は家族に振り返る。


「ヴァレリウス、最後に渡したい物がある」


「なんだろう?」


「何、私たちからのささやかな餞別だ」


 父カラカラとネルヴァから魔力の高まりを感じた。

 下見をした時点で、これが確実に罠であることはわかっていた。


 その魔力は屋敷の庭園に伏せられていた魔法兵を一斉に起動した。

 その数、22機。俺の家族は総力を尽くして、ヴァレリウスをこの世から抹消するつもりだった。


「お前の名が売れては困るのだ……。モンスターを操る怪物が家から出たと広まれば、当家の名誉は失墜する……!」


「父上、貴方に名誉など最初から存在ない。貴方は虚飾にまみれた空っぽの人間だ」


「黙れ、呪われた子がっ!!」


 ネルヴァは嫌に落ち着いている。

 気味が悪いほどにヴァレリウスを見つめ、殺戮に荷担する。


「ネルヴァ、お前、大丈夫か……?」


「自分の心配をしたら良い……。22機の軍用魔法兵は、お前の肉を引き裂き、最後は首をその胴体から引き抜くだろう……」


 これまでネルヴァから感じられた虚栄心が今はどこにも見当たらない。

 虚無をはらんだ暗い目が俺を見て、惨劇を期待して口元に歪んだ微笑みを浮かばせる。


 こういうのを、精神崩壊と言うのだろうか。

 想像を超えるぶっ壊れ方だった。

 ゲーム画面で見た狂ったヴァレリウスと、今目に映るネルヴァが重なって見えた。


「さあ、どうする、ヴァレリウス……。また奇跡を起こして見せろ……」


「おう、それじゃ遠慮なく。サモン・最悪の火炎放射器たち」


「火炎、放射、器……?」


 縦に重なった2つの紋章は、キューちゃんと騎乗するまおー様を俺の頭上に召喚した。


「標的、ヴァイシュタイン邸。マスター・ヴァレリウスが命じる、我が盟友たちよ、あの屋敷を…………焼き払えっっ!!」


 それこそがこの包囲をぶち破るただ1つの方法だ。

 魔法兵には災害時用の緊急モードがあり、平時は消火活動を優先する設定になってる。

 しかし不幸にも、火事に出来る建物はここに一つしかない。


「なっ、なっ、なっ、なっ、ななななっ、や、何をっ!? や、止めろぉぉーっっ?!!」


 父カラカラ・ヴァイシュタインが叫んだ。


「止めてっ、屋敷には私のお洋服と宝石たちがっっ!」


 豚のように継母のデネブが鳴いた。


「いーのー?」


「やっちまえっ、まおー様っ、キューちゃんっっ!!」


 キューちゃんとまおー様は屋敷の上空まで飛翔する。

 ネルヴァと父上はそれにマジックアローを撃って止めようとするが、それは俺が許さない。


「こっち見ろよ、間抜けどもっ!! 弾けろっ、ファイアーボールッッ!!」


 爆裂火炎魔法ファイアーボールを、2人が立つ正面玄関にぶち込んでやった!


「いやぁぁぁぁーっっ、私たちの屋敷がぁぁぁっっ?!!」


「ふざけるなヴァレリウスッッ!! 育ててやった恩を忘れてこのようなっ、や、止めろっ、アレを止めさせろっ、アアアアッッ?!!」


「悪魔の子め……」


 キューちゃんとまおー様の灼熱の業炎が屋敷の2階を包み込んだ。

 威力値999の炎は、いともたやすく木材を発火させ、貴重な財産が眠る2階を炎上させた。


 魔法兵が一時停止した。

 彼らは炎に引き付けられるように、炎上する屋敷へと進み出す。


「悪ぃ、生き残るには他になかったんだよ、父上。今から和睦、する?」


「お前など……っ、お前など勘当だっっ!! いや殺す!! 今この場で殺してやるこの悪魔の生まれ変わりがっっ!!」


 生まれ変わりか。

 なかなか惜しいところを突いている。


「ああああっ、私の、私の大事な宝石がっ、お金がっ、毛皮のコートがあああっ!!」


 ネルヴァは炎上する屋敷を見上げてばかり振り返らない。

 その隣の父上は本気で俺を殺すために、腰の短剣を手に取って襲いかかって来た。


 俺の胸に中に言葉が響いた。

 そいつはこう叫んでいた。


『こんな家族もう、うんざりだ!! 帰ろう、俺たちの帰る場所に!!』


 同感だぜ、ヴァレリウス。

 俺は襲い来る剣を杖で弾き飛ばし、ネルヴァにもぶち込んだ拳を、父親の左頬に叩き付けた。


「今度こそあばよっ、毒親がっ!!」


 こちらから絶縁状を叩き付けて、俺は生まれ育った屋敷を立ち去った。

 赤々と燃え上がる屋敷は、ヴァレリウスにとっては毒親への服従の鎖を焼き払った証そのものだった。

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