・毒親ざまぁ(強) 後日譚

 教室に向かう前に、学食で慌ただしい朝食を済ますのがここでの学園生活だ。

 特別クラスの女子生徒たちに怪しまれながら、皇女様とメメさんを待った。


「おはようございます、ヴァー様! 今日から2年生ですね!」


「おはよう。同じクラスになれるといいな」


「はいっ、私もずっとそう思っておりました! ヴァー様とクラスメイトになりたいですっ!」


 シナリオ通りなら俺たちは同じクラスだ。

 こればかりはシナリオ通りを願わずにはいられなかった。


「メメもでごじゃります。ヴァレリーは、座学中でも遊べる良いオモチャになる才能があるでしゅ」


「いや勉強しろよ……」


「嫌でしゅ、座学は大嫌いでしゅ、ヴァレリーで遊ぶでしゅ」


 周りの生徒に奇異の目で見られながら、俺は姫君たちと学食に向かった。

 その道中、実家にまつわる噂話を耳にした。あの決闘と、屋敷の炎上の話だった。


「まあ、それがDランクの朝食なのですね」


「そしてこれがー、ヴァレリー憧れのAランクの朝ご飯でしゅ♪ ほりほりー♪」


 今日の朝食は、魚肉ソーセージが挟まれた偽ホットドックに野菜サンド、それにトマトスープだった。


 それに対してAランクの朝食は、ベーコンに、スクランブルエッグ、フルーツサラダに、クロワッサン。さらに大きなカットトマトとミニプリンが付いて来る。


「羨ましい……。せめてトマトだけでも一切れ分けてくれ……」


「いいですよ、はいどうぞ」


「いいのか……?」


「はい、代わりに野菜サンドの端っこを下さい」


 女神は存在した。

 絶対にこの人を主人公になんか渡すものか。

 俺は野菜サンドをちぎって、赤々としたトマトと交換した。


「そうそう、ご実家の話ですが」


「んぐっっ?!」


「少し面白いことになっています。あの狭量なカラカラという当主ですが現在、都に出頭を命じられているようで」


 危うく貴重な生トマトを鼻から吹き出すところだった。

 しかし、父上が出頭、だと……?


「まさか、屋敷の炎上の件か……? 告発でもする気か……?」


「それなら、なんのご心配もごじゃりませぬ♪」


 メメさんが含みのある笑顔を浮かべて、長いベーコンを口からたらした。

 まるで目の前の男が屋敷に火を放ったことを、詳しく知っているかのような態度だった。


「ええ、当主は『火の不注意によるただの火災』と証言しているそうですよ」


「あぐあぐ……ヴァレリーも、極悪でしゅね~。訴えたくとも訴えられない状況になると、わかった上で焼いたでしゅね……?」


「ふふふっ、そういうことよねっ! 私、スッキリしちゃった!」


 ミシェーラ皇女は人の不幸を爽やかな笑顔で笑った。

 まああの見苦しい一家に、散々嫌な思いをさせられた後だしな……。


「つまり、どういうことだ?」


「帝国法により『魔導兵の私的な運用は法律で厳しく禁じられている』のでごじゃります」


「いちいちお家騒動が起きるたびに軍用兵器を使われたら、領地が焼け野原になってしまうものね。……貴方はこの法律を利用した」


 結果論ではあるがその通りだった。

 屋敷を焼いても賠償を請求されることなどないと、最初からわかっていたからああやった。


「生き残るためには他になかったんだ」


「なら最初から、誘いに乗らなければ良かっただけのことでしゅ」


 それはそうだが、断っても不都合なタイミングで似たことをされただろう。

 ならあの瞬間に、あの避けられないイベントを起こす必要があった。


「でも貴方は行った。自らの手で、生まれ育った屋敷を焼き払った。ふふ、貴方って、やっぱり素敵……。特に普通じゃないところが」


 普通ドン引きするところなのに、バーサーカー系皇女とその侍女はニンマリと笑う。

 あの恥知らずの虚飾の一家には、屋敷の炎上がお似合いの結末であると。


「屋敷を焼いたのは、軍用魔法兵の私的な運用を明るみにするためね?」


「丘の上の領主の屋敷が大炎上。篝火となった屋敷に映し出される22機の魔法兵。それを領民に見られてしまっては、もうおしまいでしゅ」


 まるで見て来たかのようにメメさんは言う。


「ええ、それは噂となり、いずれは国王の耳に届き、あの最低の父親は、説明を要求されることになるでしょう」


「火事さえ起きなければ、殺戮を隠し通せたはずなのに、不幸な領主様もいたものでしゅ」


 領民を目撃者に仕立て上げるところまで、全てが計算ずくであったと。


「けど本当のことなんて言える訳がないです。実の息子を殺すために、魔法兵22機を揃えて騙し討ちにしようとしたのに、逆に屋敷に火を放たれて、逃げられてしまっただなんて」


「メメたちを出し抜けるなんて思わないことでしゅ。ぜーんぶ、見てたんでしゅから」


 要するにそういうことだった。

 裏世界を利用すれば、見える範囲ならばのぞきなんてし放題だ。


 この2人は裏世界の仕組みを利用した。

 俺が決戦に挑んだ晩、2人はヴァイシュタイン一家のお家騒動を天から見下ろしていた。そういうことになる。


「最高の見せ物だったでしゅ♪」


「ええ、血沸き肉踊りました! ああ、デネブ夫人の悲鳴がまだこの耳に残っています! 最高のショーでした!」


「姫様のお口添えで、国王陛下もこの事態をもう把握しているでしゅよ」


「はい! ヴァー様を守るためですもの、当然です」


 つまりやつらは泣き寝入りをするしかない。

 俺が賠償請求の可能性に不安を抱く必要は何一つない。

 さらに国王の判断次第では、軍用魔法兵の私的運用で、やつらに厳しい沙汰が下る。……ということになるのだろうか。


「むふふふふ……♪」


「ベーコン噛み切ってから笑えよ……」


 そう俺が注文すると、メメさんは蛇みたいに肉をペロリと飲み込んだ。

 クソ、あんな美味そうな肉を、ほとんど噛まずに食いやがって……。


「あ、ちなみにですが――」


 ちなみに屋敷は全焼を免れた。

 災害救助モードに入った魔法兵が近くにいたおかげだった。


 しかし資産の大半は2階で保管していたため、彼らは莫大な富を失うことになった。

 ネルヴァは家族を捨てるように寮に戻り、継母デネブは煤けた汚いメイド部屋で、焦げ臭い屋敷に毎日発狂している。


 趣味が悪いと言われてしまうかもしれないが、ぶっちゃそんなことを食事の席で聞かされたら、まったくもってメシウマと感じる他になかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る