・廃ゲーマー 皇女をストーキングする
「これはミシェーラ皇女殿下、ようこそ当家においで下さいました!」
「まあまあっ、これはお美しい! 皇帝陛下も鼻が高いでしょう!」
「しかしヴァレリウスは今、急用で町を出ておりましてな、代わりにアレと同い年の兄、ネルヴァにお相手させましょう」
ネルヴァは屋敷の二階に隠れていた。
二階でメイドの手により、整髪料で髪をオールバックに整えられていた。
そんな姿をもしヴァレリウスに見られたら、怪しまれるに決まっている。
ヤツは見下していた弟に居留守を使うことになった上、親に逆らえない情けない男扱いされて、えらく不機嫌だった。
「ネルヴァ様……? いえ、私が会いに来たのはヴァレリウス様です。後を追いますので、行き先を教えて下さいませんか?」
ミシェーラとメメさんは当主を怪しんだ。
アポなしとはいえ事前に手紙を送ったのに、そこに急用というのは妙な話だった。
「ヴァレリウスならば今夜戻って来ます。それまではネルヴァがお相手しますので、どうか当家でおくつろぎを」
「ネルヴァ、何をしているの! 下りてらっしゃい!」
あまりのクソ親っぷりに、また俺はネルヴァに同情してしまった。
二階側からネルヴァが下りてきた。
ネルヴァは爽やかな笑顔を浮かべてミシェーラ皇女に典雅な一礼をした。
さっきまであれだけキレてたのに、なかなかやるもんだ。
「ヴァレリウス、せーかくわるい」
「何を今さら。物語の根底ごと全部ぶっ壊そうとするやつなんて、まともなわけないだろ」
「いかないのー? じゃまして、やんないのー?」
「もう少し見たい。だって俺、このゲームの大ファンだし」
「せーかく、わるい」
俺は天井からの高見の見物と決め込んだ。
目当ての相手と会えなくて、ミシェーラ皇女とメメさんは気持ち不機嫌だ。
クソ親の命令になんて逆らえば良いのに、ネルヴァは困惑気味のミシェーラ皇女を接待した。
ミシェーラ皇女は何を言っても空返事。
現状、ヴァレリウスにしか興味がないようだった。
「ネルヴァ、皇女殿下を退屈させていないだろうな?」
「は、はい、父上! お、俺なりに、どうにか……善処しております……」
「おお、そうだ、ミシェーラ皇女殿下。【ザザの古戦場】と呼ばれる古い森があるのですが、ネルヴァと共に訓練に行かれてはどうでしょう」
「ち、父上……!? しかし、あそこには、凶悪な魔物が……」
【ザザの古戦場】。聞いたことのないマップ名だ。
いわゆるリメイク版の追加コンテンツだろうか。
「まあ、魔物! それも凶悪な魔物が出るんですかっ!?」
「落ち着くでごじゃりましゅ、姫様。ご当主様、その森のダンジョン・ランクは、いかほどでごじゃりましょう?」
「深部に入らなければ、Dランクほどの場所です」
「ではっ、深部ではっっ!?」
「Bランクと評価されておりますが、深入りしなけれは何も問題ありません」
今の段階でそんなところに入ったら、下手をすれば死ぬ。
俺の知るゲームシステム上では高確率で『逃走コマンド』に失敗してそうなる。
「まあっ!! メメ、行ってみましょう!!」
「姫様、いかにメメが付いていようと、それは御無謀にごじゃります」
「ご安心下さい、メメ殿。皇女殿下はネルヴァに守らせますので、貴方はここでご休憩を」
ミシェーラ皇女とメメさんは顔を寄せて話し合った。
ミシェーラ皇女はメメさんを置いてゆくつもりのようだ。
笑顔いっぱいではしゃぐ皇女に対し、メメさんはジト目を主人に向けていた。
「では参りましょうか、ネルヴァ様!」
「はっ、皇女殿下のご命令とあらばこのネルヴァ、なんなりと」
面白そうな流れだ。
俺は二人を尾行することにした。
何より、追加コンテンツのダンジョンがどんな感じなのか気になった。
どこかに壁抜けポイントがあると、後々再訪問しやすくていいのだが。
・
ネルヴァとミシェーラ皇女は、【ザザの古戦場】という名の森に深く分け入った。
ミシェーラ皇女が剣士として前に立ち、ネルヴァが後方から多彩な術を駆使すると、浅い層のモンスターがシューティングゲームみたいに消えていった。
ミシェーラ皇女が強いのはゲーム上当然として、ネルヴァも巧みなものだった。
「ふーん、やるじゃん、アイツ」
「あい」
「ミシェーラ皇女は強すぎだな。あれで魔法も完璧に使いこなすとか、戦ってるとかわいげがない」
「あいあい、とても、とてもわかりましゅ」
「でもなんだかんだ、いいコンビだ。ネルヴァもな、あんな腐った性格じゃなきゃ――って、誰だアンタァッッ!?」
「あい、メメと申しますでしゅ」
さっきからまおー様だと思って話していた相手は、ミシェーラ皇女お側付きのメメさんだった。
まおー様はポケットの中でお昼寝中のようだ。
「俺は――その、えーと、通りすがりの木こりだ!」
「あい、ヴァレリウス様でしゅね」
「な、なんでわかる……」
「ご当主様にそっくりでごじゃります」
近くで見るとメメさんはメチャクチャかわいかった。
感動した。夢にまで見たメメさんが目の前にいるなんて、なんか画面の中に入れたかのような気分だ!
いや、入ってんのかな?
入ってんの? この状態……?
「なんでしゅか……? よこしまな目で見られているような、そんな感じがするでしゅ」
「いや、その……なんでもない」
かわいい!! メメさんかわいい!!
ドラゴンズ・ティアラの世界に転生して、良かった!!
「なんか怪しいでしゅ」
「そんなことより置いてかれるぞ、メメさん!」
「それに慣れ慣れしーでしゅ」
それはメメさんのルートをクリアしたのが1度や2度ではないからだ。
「鼻息、荒くないでしゅか……?」
「皇女殿下の美しさに胸をやられたんだ」
「おお……っ、メメのミシェーラ姫様は、世界一かわいいでしゅからねっ!」
「わかるけど、ちょっと血の気多すぎない、アレ……?」
気のせいだろうか。
皇女殿下にネルヴァがドン引きしてるように見える。
皇女殿下は背後のネルヴァの言葉も聞かず、森の奥へ奥へとガンガン直進する。
「ついて来て正解だっでごじゃります。……何、拾ってるでしゅか?」
「ああ、これか? 秘密だ」
なぜか落ちていたバグ・フラグメントを拾った。
アイデンティファイで確かめるのは後にしよう。
あの二人がモンスターを倒して進路を切り開き、俺がこのマップのお宝を回収する。
うん、winwinの良い関係だ。
「あ、そこに宝箱でごじゃりますか。よくわかったでしゅね……?」
「ああ、1000時間プレイしたし、こういうのはだいたいな」
「わけがわからないでしゅ……」
宝箱の中は80
夢にまで見た、金だ……!
元の世界ならこれでフルプライスのゲームが10本買える!
俺はメメさんに怪しまれながらも、なんでか隣を離れない彼女と一緒に、お宝の取り残しをいただいていった。
「やるでしゅね、ヴァレリー!」
「その略称は嫌いだ。女みたいだろ……ほらっ」
回復効果1のハズレアイテム、【サンアップル】が宝箱から2つ出てきたので、それをメメさんに投げた。
「分けてくれると信じていたでしゅ」
「一人じゃ食い切れないしかさばるしな」
「……今すぐ食べたいでしゅ」
「食べればいいだろ」
「無理でしゅ。これは姫様にあげるでしゅ」
「ああ、そういや……」
メメさんはそういうキャラクターだった。
皇女様第一主義の、皇女様の妹分みたいな子だ。
俺はサンアップルを二口かじると、メメさんにそれを渡した。
「こうすれば良い」
「ありがとうでごじゃるっ、ヴァレリー!」
「だからその呼び方は止めてくれー……」
「くふふ、気に入ってしまったでしゅ。かぷっ」
メメさんとリンゴを分け合って食べた。
ポケットの中がモゾモゾと動き出したので、サンリンゴの欠片を入れてやった。
「何やってるでしゅか……?」
「実は俺、ポケットの中にモンスターを飼ってるんだ」
「うえ……下ネタでしゅか……?」
「ちげーよっ、疑うなら見てみろよっ!」
「え、遠慮しておくでしゅ……っ。そ、そういうのは、興味あるでしゅけどっ、ま、まだ、またいいでしゅ……っ」
「良いからさっさと見ろっ!」
「ぎゃーっ、変態ーっ!」
「誰が変態だ!」
そうやっていると、まおー様がポケットからポインと跳ね上がった。
「か……かわいいっっ!!」
「はじめましてー、ワレはー、まおーだぞー! おそれ、おののけーっ! こんごともよろしくしろー!」
メメさんとまおー様は出会って10秒で友達になった。
まおー様はメメさんの両手の上で、俺には見せない愛想を『ぽいんぽいん』と振りまいていた。
「そういや、なんか大事なこと、忘れてないか……?」
「あ、メメもそう思っていたところでしゅ」
「メメさんもか。でも、なんだっけかな……」
「むーん……なんでごじゃりましたかのぅ、ヴァレさんや、はてー……」
メメさんと一緒になって首を傾げた。
「おまえらー、あれかー? あたま、とりかー? こうじょさま、いいのかー?」
「あーーっっ?!!」
あ、それだ。
ミシェーラ皇女とネルヴァの姿は、もはや辺りに陰も形もなかった。
・
「俺はこっちから行くぜ!」
「そっちは任せたでしゅ!」
メメさんと俺は手分けして二人を追うことにした。
まず間違いなく、あのバーサーカー皇女はここの深部を目指すだろう。
「かべぬけはー?」
「真っ直ぐ進んだ方が早い!」
「ワレも、てわけして、さがすー?」
「嬉しいけどメチャ足遅いだろ、お前っ!」
「あし、ないしー」
「気が抜けるから少し黙ってろっ!」
「あい。……メメちゃんのまねー、あははー」
「黙っとれ!」
呼吸が乱れるので以降は無視して、俺は森の奥へと駆けた。
すると林道は大きく拓けたエリアに繋がった。
そして見つけた。
森に囲まれた神秘的な草原に、肩から血を流して地に膝を突くネルヴァと、同じく流血しようと果敢に敵に挑むバーサーカー系皇女が一人。
ここはボスフロアのようだ。
ボスフロアの主はコキュートス・ワイバーンと呼ばれる上位タイプのワイバーンだった。
本来は中盤以降に現れる、現段階では絶対に出会っちゃいけないやつだった。
「待たせたな、ネルヴァ!! 加勢に来たぜ!!」
「お、お前っ、なぜここに!?」
「助太刀感謝ですっ!! あら……っ?」
ミシェーラ皇女が俺、ヴァレリウスを背中越しに見た。
そんなに俺は父親に似ているのだろうか。一目で正体を見抜かれたような気がした。
「油断するな、ミシェーラッッ!! ヤツが来るぞっ!!」
「まあっ、素敵な展開♪ 私、こういうの高ぶりますわっ!!」
プレイヤーからバーサーカーと呼ばれるミシェーラ皇女はこういうキャラだ。
彼女は血塗れになろうとも、最後まで戦い抜こうとする、そこいらの男よりも遙かに男らしい女だった。
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