・招かれざる息子 帰省する
父、カラカラの元に手紙が届いた。
手紙の差出人はミシェーラ・リンドブルム第一皇女。
手紙の封に押された大仰な翼竜の刻印は本物のリンドブルム皇帝家のもので、父カラカラはいったいこれは何事かとすくみ上がった。
父は神経質な顔をする男で、誰に似ているかと聞かれれば白髪の多いベートーベン。
地の髪色はヴァレリウスと同じ薄水色で、勲章の付いた大仰な正装を好む権威主義の男だ。
カラカラはすぐに正妻のデネブを書斎に呼び、その手紙の封を切った。
「リンドブルムの皇女がここに来るですってっ!?」
「ヴァレリウスに、会いたい、だと……?」
「なんで私の子じゃないのよ!」
「……ぬ、ぬぅ、面倒なことに……」
リンドブルム帝国は小国だ。
しかしリンドブルム帝国から独立した諸国は、今でも皇帝の家臣ということになっている。
もしリンドブルム皇帝家の人間を邪険に扱えば、他の王侯貴族たちに要らぬ弱みを握られてしまう。
最悪は帝国に楯突く謀反人扱いされてしまうだろう。
「あなた、これはチャンスよ! ネルヴァとミシェーラ皇女がお近付きになれば、私たちの未来は明るいわ!」
「……なるほど」
「ヴァレリウスのことならどうとでもなるわ。確認を取らずにここを訪れる皇女殿下が悪いのよ」
「一理ある。期待はずれの息子を勘当したとは言えぬが、旅行にでも行っていることにすればよいか」
デネブ夫人は夫の言葉に醜悪な笑みを浮かべた。
「ネルヴァは?」
「部屋よ。あなたがあんなに厳しく叱るから、可哀想に……」
「ネルヴァを呼べ。ミシェーラ皇女の次期皇帝とも噂される才女。我らで関係を取り持とう」
当然だが、彼らは勘当したヴァレリウスが帰ってくるとは考えもしなかった。
ヴァイシュタイン家・邸宅1階マップの真上から、魔力制御の訓練をしながら盗み聞きされているとも知らなかった。
「大変よ、ネルヴァ! 明日、ミシェーラ皇女殿下がここに来るわ!」
ミシェーラの来訪は明日の昼過ぎ。
そこまで情報を引き出した俺は、その場を離れて学食に向かった。
カレール教頭が手配してくれたおかげで、新学期を待たずして俺の生徒ランクはDとなっていた。
白パン。肉の入った豆のスープ。3種のサラダ。
デザートにベリーは付かないが、トマトはちゃんと付く。
「アイツの姿がないな……。一人で食うと超キレ散らかすし、呼ぶか……。サモン・まおー様っ!!」
テイム関係にあるモンスターは【再召喚】を行うことが出来る。
魔力を消費するが、応用すれば囮にしたり緊急回避させたり、【再召喚】は何かと有用だ。
漆黒の裏世界に杖で描いた魔法陣から、ちっちゃくて黒く透けるスライム・まおー様がどこぞよりテレポートして来た。
「わーっ?! せっかく、ねこさんと、あそんでたのにーっ!」
「自称魔王がファンシーな生き方してんじゃねーよ……。ほら、飯行くぞ、飯」
「あっ、そのためにー、よんでくれたのー? ヴァレリウス……すきー♪」
「お前本当に魔王かよ……」
スーパーボールみたいにポインと高く跳ねるミニスライムをキャッチして、いつもの分棟二階の壁抜けポイントから、一階の学食に入った。
食事が終わったら、時間を等速にしたこの裏世界で訓練・訓練・訓練だ。
剣も魔法も使いこなすパーフェクト・バーサーカー・ミシェーラ皇女とお近付きになるには、認められるだけの高いステータスが必要だった。
・
こうしてその翌日、早めに学食を平らげた正午過ぎ、俺は故郷の地を再び踏んだ。
やはり俺が死んでいる間にリメイク版でも出ていたのだろうか。
ないと思われていた故郷タミルとその領主の屋敷は、予想に反して裏世界のマップに存在していた。
だからこそ昨日盗み聞きが出来た。
それはまあ、都合が良いのだが……。
「なんでー、なんでー?」
「お前に言ってもわからん」
「なんでー、なんでリメイクばんじゃ、いけないのー?」
「リメイク版っていうのは、原作と同じシステムじゃないんだよ。開発チームががんばって、原作と同じになるようにシステムを最初から組み直しているんだ」
でも壁抜けバグは普通に使えるんだよな……。
なんなんだ、この世界?
「へーー、なるほどなぁーー」
「本当にわかってんのかよ……」
「ヴァレリウスのー、けーさんが、くずれる。そういうことだよねー?」
「お……おう……。わかってんじゃねーか……」
とにかく俺は故郷タミルの大地に立った。
タミルは自然の豊かな辺境の土地で、四方を邪魔ったい丘に囲まれている。
丘では牧畜。平地では農業。安全な森では林業。
そんなどこにでもあるパッとしない田舎町だ。
そんなわけでここの領主になりたいなんてこれっぽっちも思わない。
「いいとこだねー! うしさんと、おともだちに、なりたいなー……」
「今は一緒に来い。お前を使って皇女の気を引く」
「ワレも、あってみたーい」
「それは意外だな」
「こーじょと、まおー。わかりあえる、きがするー」
「お前のぷにぷにボディを触らせてやれば、女なんて3秒でイチコロだ」
「おひめさまと、さわりっこ……!!!」
「それデカい声で言うな……っ」
小さな町のデコボコの舗装路を歩いて、俺は3ヶ月ぶりに自宅に帰省した。
皇女を迎えるためか、正門の前には正装をさせられた庭師二人組が立っていた。
「ヴァ、ヴァレリウス様っ!?」
「え……っ、勘当、解いていただけたんで……!?」
「いや、絶賛勘当中だけど?」
「ま、まずいですよ、ヴァレリウス様……っ」
「今帰ってくると、旦那様が困るんですよ! ……あ、しまった!」
ここのメイドたちは嫌いだが、この庭師の二人は嫌いじゃなかった。
亡くなったヴァレリウスの母と一緒に、庭の仕事をしていた頃もあったとか。
「裏から忍び込んだことにするからさ、見なかったことにしてくんねぇ?」
そう頼んで正門から通してもらった。
ムダに広い庭園を進み、屋敷の大仰な扉を押し開く。
メイドたちが俺を見て悲鳴を上げた。
さほど待つことなく父と継母が階段を駆け下りて来た。
「き、貴様っ、なぜここにいるっ?!」
「帰って来ちゃダメだったか?」
「当たり前だっ!! 勘当されたのに帰って来るやつがどこにいるっ!!」
「あなたはもうここの人間じゃないのよっ! よりにもよって、なんでこんなタイミングで……っ」
いや、気分が良い。
俺の手のひらの上で踊り回る姿が最高だ。
「俺の部屋、どうなった?」
「あなたの部屋なんてもうないわよっ! 今はメイドが使ってるわ!」
「ふーん……。なんかさ、焦っているように見えるんだけど、気のせい?」
「何もない!」
「本当に? 神に誓える?」
「神に誓って何もないわ!」
「そ、そうだとも! さっさと出て行け、この悪魔の子がっ!!」
酷い親だ。ヴァレリウスが歪むわけだった。
「信じるよ。ところでネルヴァは?」
「いない」
「なら待たせてもらうかな」
「帰りなさいっ、ここはあなたの家じゃないのよ、もうっ!」
ミシェーラ皇女が現れるまでリビングでくつろいでやるつもりだった。
しかし彼らはあの頭の悪いプランを変える気などないようだ。
「わかった、出て行くよ」
おとなしく帰ると見せかけて背中を向けた。
それから息をありったけ吸う。
「……またな、ネルヴァッ!! いつまでもこんな毒親にっ、いいように使われてんじゃねーぞっ!!」
二階から何かを叩くような物音がした。
一度屋敷を離れて、ミシェーラ皇女の到着を待つことにした。
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