・狂戦士系ヒロイン 悪役令息に興味を持つ

 それは筆記試験の2日後、今年最後の授業が終わった後の出来事だった。


「う、うう……っ、先生は寂しいよ……。これから半月以上も君たちに会えないなんて……っ」


「おはなし、ながいんだよー、おまえー。はやく、おわりにしろよー」


 まおー様は俺なんかよりすっかりクラスになじんでいた。

 触ると気持ちいい上に生意気かわいいので、女子は当然として男子にすら人気があった。


「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃないか、スライムくん!」


「まおーだって、いってんだろー! いいからはやくー、ホームルーム、おわりにしろよー!」


「そ、それもそうだね……。また来年、会おうね、みんな……。また新学期に! う、うう……っ、寂しい……」


 やっと待望の春休みに入れたクラスメイトたちは、担任の言葉に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「あっ、試験結果、一階の廊下に張り出されているから、気になる子は見ていってね……」


 名残惜しそうな先生が教室を出て行くと、真の春休みがやって来た。


「先帰ってるわ、また後でな、まおー様」


「えー、みないのー? みにいかないのー!?」


「混んでるだろうし後回しだ。じゃあな」


 モテモテのまおー様を教室に残して、俺はいつもの壁ぬけポイントから自分の住処に帰った。

 まおー様なら心配いらない。すっかり壁抜けにも裏世界の活用にも順応していた。


「ふぅ……」


 やっぱ最高だ。

 教室を出て少し歩くだけで、自分のベッドに飛び込めるのだから、壁抜けってサイコー。


「ん……そういやネルヴァのやつ、今頃どんな顔してんのかな……?」


 別にあんな二軍メンバーどうでもいい。

 どうでもいいのだけど……。


「よっとっ、やっぱ拝んでみるか! 今しか見れない時限イベントって思うと、消化しなきゃいけない気分になって来た!」


 俺はベッドを離れ、本校社1階のマップに歩いていった。

 到着するとその上によじ登り、正面通用口の真上に移動した。


 そこは小さな広場となっており、今は生徒たちでごった返していた。

 順位表圏外に肩を落とす生徒の傍らで、ガッツポーズを上げる生徒がいたりと、そこには人生の浮き沈みがあった。


「バカな……」


 その人混みの中から兄、ネルヴァの声が聞こえた。

 ネルヴァはだらりと肩を落としながら、顔だけを上げて成績表に食い入っていた。


――――――――――――――

【魔法威力試験】

 1位:8965:ヴァレリウス・V

 2位:3627:ミシェーラ・L

  ・

 4位: 117:ネルヴァ・V

――――――――――――――


 自信家のネルヴァは1位確実だと思っていたのだろう。

 それが現実では4位。


 現実を認められないネルヴァは、自分が奇妙な姿勢をしているとも知らずに、ずっと成績表だけを睨み付けていた。


「ミシェーラ・L? だ、誰だコイツはっ!?」


 ミシェーラ・リンドブルム。

 彼女はパッケージでも中央を飾るメインヒロインだ。

 この魔法学院を創設した、リンドブルム帝国の皇帝の一人娘だ。


 少し設定がややっこしいのだが、一応まだリンドブルム帝国は存在する。

 従えていた家臣に次から次へと独立されて、帝国とはもう呼べない姿になっただけで、リンドブルム帝国は今でも権威だけならナンバーワンの小国だ。


「ヴァレリウス……あの、ヴァレリウスが、1位、だと……?」


 うちは独り言の家系なのだろうか。

 ネルヴァは周囲の人間など完全無視して、顔を抱え、苦悶に仰け反った。


 たかが試験の2科目で負けただけで、ここまでドラマチックに受け止められるなんて、さすがはゲームキャラクターだった。


「これは、陰謀だ……。不正だっ、不正に違いない! 8965!? なんなのだ、こいつらはっ!?」


 俺も俺だが、皇女ミシェーラのスコアもとてつもない。

 彼女は魔法だけではなく、戦士系科目でも3位をキープした華々しい成績を上げている。


 しかも彼女は転入して来て1ヶ月しか経っていない。

 さすがはパッケージの中央を飾るだけのことはあった。


「父に、なんて報告をすればいいのだ……。ヤツに、負けたと、そんな報告なんてしたら、俺は……っっ」


 俺はネルヴァの頭の上で寝そべった。

 余裕しゃくしゃくに尻をかいてやった。


「はーー、良い気分。トマトの恨みは怖いのだよ、ネルヴァ」


 母は違うが同じ兄弟だ。

 トマトの一件がなければ同情もしてやっただろう。

 ナチュラル・パワハラ体質の父親に怒ってやれただろう。


 だがお前は俺のトマトを食った。

 有罪ギルティ! 許さねぇ!


「寝よう……。結果が変わるかもしれぬ……」


「んなわけねーだろ……」


 俺はだらしなくまた尻をかきながら、最高の気分でネルヴァを見送った。


 ああ、トマト……トマト……。

 やっと、終わったよ……。


「メメ、この方……何者ですか……?」


 トマトの姿が浮かぶ空でも見上げたい気分だった。

 そんな俺の耳に、どこかで聞いたことのある綺麗な声が届いた。


「あい。ヴァイシュタイン、とごじゃいますので、大魔導師の名家ヴァイシュタイン家、かと存じましゅ」


 それは皇女ミシェーラと、そのお側付きとして入学したメメの声だった。

 このゲームのメインキャラクターは声優陣がやたらに豪華であるので、聞けばわかる声の存在感がある。

 と、今思った次第だ。


 ミシェーラは戦士科の赤い学生服を身に着けた女性だ。

 髪は明るい桃色のセミロング。瞳はサファイアのような青色で、顔立ちはよく整っていて毒がない。


 シナリオをプレイした俺から言わせると、皇女キャラというよりただのじゃじゃ馬娘、あるいはバーサーカーだ。


「どうしたらこんなスコア出せるのかしら……」


「あい、それは、皆様も姫様に思ってることでしゅ」


 お側付きのメメは戦うメイドさんだ。

 見た目こそ幼く、舌のろれつが回っていないが、護衛に選ばれるだけあって戦闘技術はパーフェクト。

 この子を愛用するプレイヤーも数多い。


 姿はややロリ系。髪は鮮やかな黄緑。ちっちゃくて、猫のようで、家に持って帰りたくなる雰囲気だ。

 まあ、実際お持ち帰りしたプレイヤーもまた星の数ほどいるだろう。


「メメ……」


「あい?」


「私、悔しいです」


「あい。でも、この人、他の成績はボロボロでごじゃいましゅ」


「でも【魔法威力】【魔力制御】では、私が負けています。悔しいです……」


「じゃ、会ったらどうでしゅか?」


「あ、会うっ、ですか!?」


 ただこのメメというメイド、メイドとしてはかなり疑わしい……。

 思い返せばメメさんがトラブルの発端となるイベントも多かった。


「拳で語り合うでしゅ。メメの読んだライト小説では、拳を重ねた敵同士は、強敵ともとなるでしゅよ」


 ちょ、ちょっと待ってメメさん……。

 今、ミシェーラ皇女とタイマンバトルなんてやったら、パンチ一発で俺の首が折れて死ぬ!


「パンチですか、メメ!?」


「あい、ストレートッ、フックッ、アパカッ!! を叩き込むと、良き、でごじゃります」


 死んじゃう、それ3回死んじゃうやつだから……っ。


「でも魔法で負けたのですから、魔法では競うべきではありませんか、メメ?」


「ちっ……。あい、それがいいかもしれないでしゅ」


 ありがとう、シナリオライターさん……。

 ミシェーラ皇女が常識的なバーサーカーで良かった……。


「では、ヴァイシュタイン家、でしたっけ。親善のお手紙を速達で送りましょう」


「姫様、寮に押し掛ければ、まだ間に合うかと存じましゅ」


「ダメよ、彼はこの国の貴族様なのよ」


 どこから取り出したのやら、ミシェーラ皇女は紙とペンを取った。


「前略、ご当主様。わたくし、ミシェーラ・リンドブルムは、貴方様の息子さんと決闘をさせていただきたく――」


 お前はホンマもんのバーサーカーか!

 と、裏世界からツッコミの叫びを上げずにはいられなかった。


「それは、絶対、合わせてもらえないやつでごじゃります。やぱり、今、押し掛けては……?」


「ダメよ。……ミシェーラ・リンドブルムは、貴方様の息子さんと、お友達にならせていただきたく――まあ、こんな感じかしら?」


 それをうちの父カラカラに送るのか?

 激しく誤解されないか、それ……?


「あい、面白そうにごじゃります。メメは大賛成にごじゃりますっ♪」


 幼児が跳ねるようにメメは大喜びした。


「よしっ! まずはお友達になって、それから最終的にどこかに連れ込んで、決闘ねっ!」


 ゲームとしてプレイしていた頃はバーサーカー系皇女を画面の前で笑えたが、こいつら、こうして見ると、やべーな……。


「ふふふっ、お返事が楽しみ! どうせ寮に滞在する予定だったものっ、旅行の予定が決まったようなものねっ!」


「血の雨を期待しておりましゅ」


 ミシェーラとメメは寮に続く廊下側へと立ち去っていった。


「ふーん……しかし、なるほど、なるほど」


 ミシェーラ皇女がヴァレリウスに興味を持ったか。

 決闘はお断りだが、これは良い流れではないか。


 原作でヴァレリウスがさらったヒロインは、他でもないミシェーラ皇女のことだ。

 皇女がさらわれ、学園はてんやわんやの大騒ぎとなった。


 ミシェーラ皇女はヴァレリウスの破滅の一因だ。

 しかしだからこそ、死の運命ごとシナリオをぶっ壊したい俺には、この流れは好都合だ。


 喜んでお友達になろう。

 主人公とミシェーラ皇女が出会う前に、先に俺が一番のお友達になってしまおう。


 俺は再びここでオリチャー(オリジナル・チャートの略)を発動して、シナリオ破壊計画を軌道修正した。


 ヴァレリウス・ヴァイシュタインに会いたいと、次期皇帝とも噂される皇女殿下から手紙が届くのだ。

 そこにたまたま帰って来た俺を、やつらは追い出したくとも追い出せまい。


「そしてあわよくば、ミシェーラ皇女かメメさんと恋人に……。……ま、ないな。何せ俺はヴァレリウスだし」


 でもまあ可能なら、せっかく美少女ゲームの世界なんだから、お気に入りのキャラクターともっとお近付きになりたかった。

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