・超格上モンスター 廃ゲーマーにボコられる

 コキュートス・ワイバーンの初手は【魔法:アイスボルト】だった。

 左右の翼の下部に、まるで航空機のミサイルのように長く鋭い氷塊が発生すると、それが矢のように空を切って飛来した。


「か、かわしただとっ!?」


「まあっ、やりますねっ!」


 ヴァレリウスの身体能力では通常、こんな物かわせない。

 しかし相手の行動パターンを理解していれば、回避は不可能でもなかった。

 腹の隣をかすめる紙一重だったが、俺はこうしてまだ立っていた。


「ぴぃぃっ!? ワレにあたったらーっ、どうするのーっ!?」


「少し黙ってろ、秘密兵器」


 1000時間このゲームをやり尽くした俺は知っている。

 コキュートス・ワイバーンのようなボスクラスの多くは、ゲーム性を高めるために行動パターンが完全ローテーション制になっている。


 コイツの場合はこうだ。


 【脚爪】→【氷矢】→【脚爪】→【氷矢】→【氷翼】→【脚爪】→【氷矢】→【氷吐息】


 仕様に変更が入らない限り、コイツはこのパターンで動く。

 ゲーム式で考えて1ターン目、ヴァレリウスは様子を見た。

 傷ついていたミシェーラ皇女は体勢を整えた。


 次に来るのは【脚爪】、あるいは【氷翼】、【氷吐息】の3パターンだ。

 【氷翼】と【氷吐息】は大技で、直撃すれば直ちに戦闘不能となる。


 ……てか俺が食らったらまず死ぬと思う。


「ヴァー様っ、またそちらですっ!」


「妙な略し方するなっ! う、うお……っ?!」


 重力とか慣性をまるで無視した異常なスピードで、青白く神々しいワイバーンがこちらに降下する。

 そして目前まで迫ると、巨大な鷹のような【脚爪】が繰り出された。


「まあっ、まあっっ?!」


「バカなっ、またかわしたっ、だと!? ヴァレリウスなのにっ!」


 こういう時、どうすればいいのか俺は別のゲームで知っている。

 飛竜のこういった攻撃には、横回避ではなく、正面飛び込み回避が正解だ。


 昔は俺もフンターさんと煽られたものだ。

 役目なので尻尾は意地でも斬り落とす、竜の尻ばかりを追うプレイヤーだった。


「しめたっ、好機ですっ!!」


「なっ、ミシェーラ姫っ、危険ですっ!!」


「それは百も承知っっ、チェストォォォォーッッ!!」


 しかし尻尾を斬るのは俺の役目ではなかった。

 血塗れのミシェーラ姫が隙だらけのワイバーンの背中に突っ込んで、見事その細い尾を斬り落としてくれた。


「はは、やるじゃんっ、姫さん!」


「お喋りは後! ガンガン行きますよっ、ヴァー様!」


「次の攻撃、そっち行くぜ!」


「言われるまでもありませんわ!」


 俺とミシェーラ皇女は散開して距離を取った。

 このゲームの仕様では、大ダメージを与えた者にヘイトが向かう。

 次にミシェーラ皇女が攻撃される可能性は99%だ。


「ミシェーラッ、次、アイスボルトだ!」

「まあっ?!」


 コキュートス・ワイバーンは飛翔した。

 ヤツはすぐにミシェーラ皇女を狙って、あのサイドワインダーミサイルみたいな二対のアイスボルトを発射した。


 ミシェーラ皇女の白銀の剣が閃く。

 剣はアイスボルトの片方を弾き飛ばした。


「う……っっ!」


 しかしもう片方のアイスボルトが彼女の二の腕をかすめた。


「ミシェーラ姫っ! くっ、くそっ、ライトニング――うっ、傷、が……っ!」


 わかってはいたがネルヴァの状態は【戦闘不能】。

 今は使い物にならなそうだ。


「今ですっ、ヴァー様ッ!!」


「根性すげーなっ、お前っ!! やるぞ、まおー様っ!!」


「でばんだねっ、まかせてーっっ!」


 ポケットから跳ね上がったまおー様を右手でキャッチして、それを突き出した。

 同時に、その隣に左手を並べる。


「食らえっ、【マジックレーザー】ッッ!!」


「いちげきひっさつ! まじっくあろーーっっ!!」


 まおー様の太く鈍足な【マジックアロー】を、俺の超集束型【マジックレーザー】が追い越した。

 鋭いレーザーとなったそれはワイバーンの巨大な翼を貫き、遅れて飛来した【マジックアロー】が空中に君臨する王を吹き飛ばした。


「なっ、なああああっっ!? なんなのだっその術はっっ!?」


「ふふふ、それがあの非常識なスコアのからくりですかっ、素敵です!!」


「ぷぃー……もう、まほー、つかえなくなっちゃった……ぷるぷる……」


「だからガス欠はえーよっ、お前!? 魔法一発でガス欠する魔王とか前代未聞だわっ!」


 ワイバーンは苦悶の悲鳴を上げて高く飛翔した。

 翼を貫いたことで運動性を奪えたが、相手は遙か格上Bクラスモンスター。

 今のをもう3発は当てないとアレは止まらない。


「チャンスです、ヴァー様! どうか追撃を!」


「悪い、無理」


「どうしてです!?」


「俺、【マジックアロー】しか撃てないんだ」


「え、ええええーーっっ?!」


「この超集束型【マジックアロー】は、ああして距離を取られると当たる頃には拡散しちまって、ただのへっぽこ【マジックアロー】にしかならないんだ」


 コキュートス・ワイバーンが降下して来た。

 氷のように鋭く青白いその身体はどこを見ても勇ましく凶悪で、その眼孔は怒りに赤く輝いている。


 【氷矢】→【脚爪】→【氷矢】→

 とパターンを刻んだのだから、次に飛んでくるのは【氷翼】だ。


 さっきの一撃でライフの25%を削ったと見ると、次に俺がターゲットにされる可能性は80%を超えている。

 ならば……。


「下がっていてくれないか、ミシェーラ」


 緊急時なので呼び捨てた。


「いいえっ、絶対お断りですっ!!」


「ヤツの次の攻撃は【氷翼・アイスウィング】だ。あの鋭い翼を刃にした体当たりが俺の前に降ってくる」


「まあっ、楽しそうっ!」


「いやいやいやいっ、頭バーサーカーかよ、お前よっっ?!」


「そうですけど、何か?」


 天空のワイバーンが遙か彼方でこちらに反転し、一度動きを止めた。


「くっ、もう時間がない……!! ターゲットをこちらに寄せたいんだっ、引っ込んでてくれっ!!」


「ではこうしましょう。……ごきげんよう、小さなスライムさん」


「おー、よろしくなー、ひめー」


 ミシェーラ皇女が軽やかに跳ねて俺の隣に立った。

 こうすれば100%でターゲットがここに集中する。それはその通りだ。さすが頭バーサーカー。


 いや、それよりも急がなければならない。

 俺はさっき拾ったバグ・フラグメントや宝箱の中身を左正面に投げた。


 内訳は、バグ・フラグメントが3つ。

 ブロンズダガーが1本、スケイルシールドが1つ。


「この場のモンスター錬成を行うっ! いいなっ、まおー様!」


「いいよーっ!」


「な、なんですか、急に!?」


 いつかのように左正面と右正面に杖で双子の円を描き、その外周に大円を描く。

 合計3つの円を描くだけで、複雑で美しい紋章が草原の大地を赤く輝かせた。



「偉大なる穀潰しっ、まおー様よっ!! 今っ、仮初めのその殻を捨てっ、真なる姿に昇華せよっ!!」



 メメさんの手前、バグ・フラグメントをアイデンティファイにかける余裕はなかったが、手応えの方は完璧だ。

 よくわからんが今日はこれで行く!


 俺は樫の杖で力強く大地を突いた!!


「いでよっ、進化せし、真なるまおー様よっっ!!」


 倍速再生で炎属性のエフェクトが現れ、左の触媒と、右のまおー様が融合した。

 今にもコキュートス・ワイバーンが降り立とうとしている空の下で、真なるまおー様がここに誕生した。


 いったいあのバグ・フラグメントはなんだったのやら、そこにはマグマのように赤く燃え上がる、鳥の翼を持ったスライムがいた。


「えっ、変身ですかっ!?」


「くっくっくっくっ、ワレをー、きょーかするなんてー、おろかなにんげんめー、こーかいするがよいぞー!」


 テイムモンスターの急成長はマスターの急成長だ。

 炎のスライムに進化したまおー様から、あふれんばかりの基礎能力ステータスが流れてくるのを感じた。


―――――――――――――――――――――

【通知】

 ヴァレリウスは【魔法:ファイアーボール】【特性:火炎ブースター】を体得!!

 まおーは【魔法:ファイアーボール】【特性:火炎ブースター】を体得!!

―――――――――――――――――――――


 中級魔法ファイアーボール。

 これは大型の火球を放つ、爆裂火炎魔法だ。

 

「気を付けて下さいっ、竜が降りて来ますっっ!!」


「ブレスで迎え撃つぞっ、まおー様っ!!」


「へ……っ? ブレス、ですか……?」


「へへへー、みててねーっ、こーじょさまーっ!」


 今すぐ使いたいところだが、この状況で撃つべきなのはファイアーボールではない。

 そもそもまおー様の魔力は今、すっからかんだ。


 赤く眼孔を輝かせたワイバーンが爆撃機のようにこちらへ降って来る。

 俺とまおー様はギリギリまでそれを引き付ける。

 そうしないと、まおー様の固有戦技は命中率が低過ぎるからだ!


「な、なんだ、あの力は……っ、あ、あれは、本当にヴァレリウス、なのか……?」


「あっ、この力……いけますっ!!」


 俺とまおー様は深く息を吸い込み、そして目前10メートルほどにワイバーンの翼が迫ったところで、当たれば一撃の最強の戦技【灼熱の業炎】を吹き付けた。


 コキュートス・ワイバーンの弱点は炎だ。

 突然カウンターで繰り出された灼熱の炎の壁に、ワイバーンは緊急回避を試みた。


 しかし【灼熱の業炎】の威力値は999。

 しかもそれは同時発動された【W・灼熱の業炎】だ。


「バ……バカなぁぁぁーっっ?!!」


「うふふふっ、すごいっ、すごいですっ、ヴァー様ッッ!!」


 俺たちの頭上を燃え上がる飛竜が通りすがり、それが凄まじい音を立てて背中の後ろで墜落した。


 命中率25%のブレスも、回避不能の状況の超・至近距離でダブルで撃てばそれは100%になる。

 後ろを振り返ると、飛行機の墜落現場のような大惨事が広がっていた。


「ああ、燃え上がる炎というものは、とても素晴らしいものですね……」


「ふーー……すっきり……。しゅーん……」


 赤く輝いていたまおー様が元の大きさにしぼんでいった。

 立派な鳥翼も引っ込んで消えてしまった。

 後にはロゼワインのような色合いに変わった、元通りのまおー様だけが残った。


 視認性の悪いダークグレーより、こっちの方が美味しそうで俺好みだった。

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