第10話 胸騒ぎ
週明けの月曜日。
『恋愛青春部』の部室内は、華やかな空気に包まれていた。その理由は、言わずもがな俺の目の前にある。
「プレゼントを無事渡すことが出来たっ」
「喜んでくれましたか?」
「それはもうっ!ちょうど、新調しようかと考えていたタイミングだったらしい!」
図らずも一番欲しいものを最高のタイミングで渡すことが出来たようだ。最高の笑顔を現在進行形で更新している。
それと同時に、肩の荷が降りたようにフッと軽くなった。灯織会長ほどでは無いが、無意識下で俺も緊張していたらしい。
「これも君のおかげだ!あの着眼点は、私には無かったものだからね」
「いや、偶然ですって……。灯織会長も同じ場所にいたんですから、遅かれ早かれ同じ結果になってましたよ」
「そんなことは無いさ。君の柔軟な発想があってこその気づきだ。限定的な特別にこだわっていた私には厳しかっただろう」
幸せを称えた笑顔で言われてしまえば、それ以上何も言えなかった。
――が、良いことは、これだけでは無かったらしい。
「それともう一つ!デートに誘われたんだ!」
「……えっ!?本当ですか?」
「あぁ!プレゼントを渡したときに、『今週冬華が行きたがっていた美術館に行こう』 ってね!」
「おぉっ!それは、絶対行くべきですよっ!」
目に見えてわかりやすい進展に、つい声を張ってしまった。
相談を受けて一ヶ月程度の俺がこんなに嬉しいんだから、十年以上も想い続けてきた灯織会長はそれ以上だろう。
「どんな服を着ていこうか……!!どんな話題を考えようか……??今から楽しみで仕方がないよっ!」
灯織会長は、無邪気な声を弾ませ、より笑みを深める。
灯織会長の恋の成就が、恋愛相談のゴール。
「君を頼って良かったよ。……けど、もしかしたら、これで最後かもしれないな」
「そうですね」
いつもより、ゆっくりと差し出された右手に俺の右手を重ねる。
ザザッと砂嵐のようなノイズが走り、未来の欠片が流れ込んでくる。
―――――
景色が瞬く間に流れ、激しく揺れる。
しばらくすると、徐々に速度を落とし立ち止まる。左手を塀に、右手は膝につき、視界は上下する。
視界を上げると、煌々と輝く夕陽が網膜を焼き、僅かに目を細める。
見回せば見たことの無い閑静な住宅街。フラフラとおぼつかない足取りで歩いていると、小さな公園が見えてきた。
雑草があちこちに無秩序に生えており、二つしかない遊具もかなり錆び付いてる。
視線は下に固定されたまま、吸い込まれるように、その公園に足を踏み入れ、錆びたベンチに腰をかける。
そして、ショルダーバッグから取り出した携帯を操作し、LIMEアプリを開いて――――
ここで、映像がプツリと切れる。
―――――
…………は?
「おかえりっ」
灯織会長の軽やかな声で、現実に戻ってきたのだと理解した。
俺が視た未来の映像は、お世辞にも幸せいっぱいとは言えないし、そう思えなかった。
あれはきっと、デートのあとの映像だ。あんなにも楽しみにしていたのに……。
喧嘩別れ?でも、そんな感じには見えなかった。
…………ん?これで最後って言ってたような……もしかして……!
考えた果てに一つの結論に思い至った。
「会長」
「なんだろうか?」
「もしかして……告白、する予定ですか?」
「……っ!よく分かったね。気持ちを伝えるなら、このタイミングのような気がしてる」
合点がいった。あの映像は、恐らく告白したあとのもの。
つまり……――振られる。恋は叶わない。
俺が見たのは、誕生日プレゼントの計画が上手くいったことで舞い上がり、気持ちの歯止めが効かなくなってしまった未来。
「会長……。その告白、グッと堪えてみませんか」
「…………え?」
「あ、いえ!強制はしませんし、会長の気持ちを尊重しますので!」
「あぁ……なるほどね。時期尚早……というわけか。わかった、君を信じるよ」
灯織会長は、キュッと表情を引き締める。
その表情を見て、なぜか心が締め付けられるような感覚を覚えた。
「なんか……ごめんなさい。水を差すような事をして……」
「謝る必要は無いよ。上手くいってる時こそ、足元を見なければならない。それに、私は君を信頼しているからね」
ニコリと微笑まれて、ホッと息をつく。
「その分、思い切り楽しんできても構わないだろうか?まさか、それも我慢しろと?」
「いえっ!デートは楽しんできてください!」
「ふふっそれを聞いて安心したよ。私とて、何もかもを『待て』できるほど、利口では無いからね」
◇◇◇◇◇
「会長……。楽しんでるかな」
六月一日、土曜日。
灯織会長にとって、待ちに待ったデート日。
朝から夕食まで一緒にいると、直前まで嬉しそうに語っていたことを、俺は思い出していた。
休み明けのお土産話を楽しみにしていようと思った矢先に、俺の携帯がメッセージが届いたことを知らせる。
『今から会って話しがしたい』
灯織会長から、端的なメッセージが届いていた。
「……え?いま……から?」
時計を見ると、時刻は十七時を少し回ったところ。ザワザワ――と、妙な胸騒ぎが、俺の中で強くなっていった。
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