第9話 特別なプレゼント

 ――金曜日


「俺なんか役に立たないと思いますが……?」

「そんなことは無いさ。それに君が言ったんじゃないか。特別な買い物をするときは、相談役を連れて行けと」

「たしかに言いましたけど……」


 問題解決したばかりの灯織会長は、再び俺に声をかけてきた。

 その結果、前回洋服を買うのに訪れたショッピングモールに再訪することとなった。


「誕生日プレゼントでしたっけ」

「あぁ。実は……明日なんだ」

「明日っ!?」


 灯織会長の性格を考えれば、てっきり来月辺りかと思っていた。


「ずいぶんギリギリですね」

「ようやく受験の準備が落ち着いてね。気づけばギリギリになってしまった」


 忘れてたけど、灯織会長は今年受験生か。


「それで、何を渡すか決めてるんですか?」

「決めてたら、私の隣に君はいないと思うよ」

「た、たしかに……」

「けど、候補は考えてるんだ」

「なら、そこから行きましょうか」


 俺は、灯織会長の後に続いて、その候補があるお店へと向かった。



 ◇◇◇◇◇



 やってきたのは、ジュエリーショップ。多種多様なアクセサリーがショーケースの中でキラリと光る。

 映像で見た店内と同じ。つまり、ここだ。


「アクセサリー……ですか?」

「あぁ!特別なプレゼントと言えば、これかと思ってね!」


 目を煌めかせ、自信満々に俺を見る。

 たしかに特別感はあるが……。

 ちなみに、交際に至る前にアクセサリーをプレゼントとして渡すことは……あまり推奨されてない。

 値段も安くは無いし、祝い返さなきゃという強制力みたいなものが働いて素直に喜べない……と。


「店内をグルっと見てみようか?」

「そうですね。せっかく来ましたし」


 イヤリング、指輪、バングル、ブレスレット。

 ショーケースで輝くそれらを、ゆったりとした歩調で流し見ていく。何度か足を止めてはいたが、元の位置に戻ってくるまで灯織会長は顎に手を添えたままだった。


「どうです?いいのありました?」

「まぁ……あるにはあったのだが……」

「何か問題が?」

「その……値段がな……。良いと思うものは軒並み高額だ」

「言われてみれば、結構高いですね……」


 最低価格は一万円からで、最高額は六万円を超えるものもあった。周りを見ても大人ばかりで、制服を着た学生は、ただの一人もいない。


「でも、せっかくのプレゼントだし……。多少の出費はもちろん覚悟の上。うん、背に腹はかえられない」

「え?か、会長……?」

「店員さんを呼んでくる」

「ちょっ……!ちょっと待ったっ」


 店員さんを呼びに行くため、踵を返した灯織会長の腕を掴む。


「どうかしたか?」

「もう少し、他のものを見てから決めませんか?ほら、他にもビビっとくるものがあるかも」

「……たしかに、君の言うことも一理ある。ここで決めるのは尚早か」


 なんとか、踏みとどまらせることに成功した。

 けど、ここからは未知の未来だ。


「会長は、今までどんなプレゼント渡してたんです?」

「それが、初めてなんだ。プレゼントを渡すのは」

「え?そうなんですか?」

「何度か渡そうと試みたのだが、『お金は自分のために使いなさい。祝いの言葉をくれるだけで満足だから』って断られてしまっていてね」

「会長が、特別って言っている意味がわかった気がします」


 灯織会長にとって、誕生日だから特別なんじゃなくて、誕生日で『初めて』のプレゼントだから特別なのか。


「私は、アクセサリーを渡す気でいたから……ここからはノープランだ」

「ここは色んな店が立ち並んでますから。ぶらりと見て行きましょう」


 コーヒーが好きだと聞いたので、コーヒーマシンやマグカップ、コーヒー豆を見に行った。

 自炊をしているらしいので、調理器具や時短料理に使える道具も見に行った。

 美術作品に目が無いと言っていたので、それらを集めた特集雑誌を手に取ってみた。

 けど、俺も灯織会長もイマイチの反応しか出来なかった。


「ううん……なんと言えば良いのか」

「これだ!ってものが見つからないですね」

「特別なプレゼントを選ぶって難しいな」


 明石さんに関する場所は、ほとんど見て回ったので、完全に手詰まりだった。灯織会長もアイデアを全て出し尽くしてしまったようだし。

 どうしたものか……と、考えながら辺りを見回すとある商品で目が止まった。


「会長」

「ん?なんだい?」

「明石さんって社会人ですよね?」

「あぁ、そうだが……。それがなにか?」

「仕事に関係するもの……とかどうですか?例えば……あれとか」


 俺の視線の先にある商品に向けて指を指す。


「ネクタイ……?たしかに、和彦君の仕事着はスーツだが……。果たして特別だろうか。日常的に使うものだろう?」

「日常的に使うものだからですよ。限られた日だけ使えるものが特別って訳じゃないと思います。毎日使うから愛着が湧いて特別になる……みたいな」


 灯織会長は、口元に手を当てて視線を落とす。

 美術館でよく見る、思考に没頭しているときの仕草。

 数分が経ったあと視線をあげる。


「よく考えたが、君の意見が正しい。私は、特別を限定的なものとして捉えていた。よし!行こうか!」


 俺の腕を掴み、半ば引っ張るようにしてお店へと向かった。

 その足取りに迷いはなく、とても軽いものだった。



 ◇◇◇◇◇



「〜〜♪♪」

「良い物が買えたみたいで良かったです」

「ッ!!ま、まぁ……ね」


 よほど、渡すのが楽しみなのか鼻歌まで歌っていた。もうそろそろ一ヶ月経つが、意外すぎる光景で目が全く離せなかった。


「和彦君……。よ、喜んでくれるだろうか?迷惑……とか」

「きっと喜んでくれますよ。俺だったら、灯織会長から貰うプレゼントはなんでも嬉しいです」

「ふふっそうか。なら、君には赤本をプレゼントしようかな」

「前言撤回します。全然嬉しくない」


 クスクスと口元に手を添えて上品に笑う。

 そんな柔らかな微笑みは、オレンジ色の夕陽に照らされて、いつもの数倍、魅力的に見えた。

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