第5話 灯織冬華の趣味
「はぁ…………。ようやく終わった。たった二週間なのに、永遠のように感じたよ」
「あはは……。テストお疲れ様です」
あれから二週間後のテスト明け。
灯織会長は、当たり前のように部室に顔を出していた。かなり疲労を蓄えているように見える。
「テストどうでした?」
「いつも通りと言ったところだな。難易度は上がっていたが、皆に生徒会長としての威厳を示せる成績を収められたと思う」
「はぁ〜……。さすがです」
やはりテストの成績も灯織会長にとっては、大事なものだったのかと、ホッと心の中で安堵していた。
前回もそうだが、灯織会長のことを知る度に尊敬の念が深まっていっている気がする。
生徒の見本になるための志、恋愛に対する努力、それをひけらかさない姿勢。灯織冬華という生徒は、既に大人と遜色無いほどに人として完成されているように感じる。
恐らく、同年代だったとしてもそんな印象をもつだろう。
「ところで君はどうだったんだ?」
「えっ!?な、何がです?」
「この流れでテスト以外の話があるか?私の事ばかり気にかけていたようだが?」
「あ〜……まぁ、ボチボチ……と言ったところで」
俺の場合、落ち込むほどでは無いが、喜べる結果でもない。
だから、灯織会長の前だと恥ずかしくて言えたもんじゃない。
「はぁ……。一年生の内に基礎は固めておくべきだ。二年生、三年生になって後悔しても遅いからな」
「肝に銘じておきます……」
灯織会長が一回りも二回りも大きく見えてくる。
いや、俺が小さくなったのか……?
「それで……テストが終わったんだ。もう、解禁と解釈しても良いのだろうか」
「え?あぁ……はい、大丈夫です。我慢させてすいません」
「謝ることじゃないさ。これも必要なことだと理解しているよ」
フッと綺麗なアーモンド型の目を細めて笑う。
「それにね?今回少し我慢をしてみて、たまに連絡を絶つことも悪くないと思ったんだ」
「と……言いますと?」
「早く彼と話がしたい、どんな話題で話をしようかって考えてしまってね。ものすごくワクワクしたんだ。君の提案は、この気持ちを想起させるためのものだったのだろう」
その考察を聞いて安心した。
さすがの灯織会長とも言えど、全てを見通せる訳では無いらしい。
ただ、灯織会長のためという点は、間違いではない。
「どうでしょうか?俺にも分からない部分はあるので」
「そうか。では、続き……よろしく頼む」
「はい」
差し出された作り物のような白く美しい手に俺の手を重ねる。
ノイズが走り、新たな未来が俺の脳内に投影され始める。
―――――
目の前に広がる知らない景色。
白く磨かれた石階段の上を、無数の人間が行き交っている。
階段を登っていく人と降りて行く人。
灯織冬華は、隣にいる人物と階段を一歩ずつ降りて行く。
突然、視界がほんの僅かに広がり、景色を認識できないスピードで、いま降りてきた階段を振り返る。
振り返った先には、無数の人間が作る人の波があるだけ。
映像は、ここでプツリと切れた。
―――――
えぇと……なんだこれ?
今回の未来の映像は、今まで見てきた未来と比べて過去一番理解が出来なかった。
場所、状況、灯織会長の行動……。全部が分からない。
灯織会長はどこに行っていたんだ?
隣にいた人物は……誰だ?足元から推測すると、男性のようにも見えた。という事は、意中の相手である『明石和彦』さん?
なんで、いきなり振り返った?
視界が少し広がった理由は?
今までは、場所や行動でおおよその推測はできた。それに伴って提案もできた。
けど、今回ばかりは……。
「どうかな」
「そう……ですね。テスト前みたいに振舞っていても問題は無さそうです」
「それを聞いて安心したよ。今度、美術館に誘おうと思っていたところなんだ」
俺の心境とは裏腹に、灯織会長の表情は晴れやかだった。
「美術館?美術作品がお好きなんですか?」
「あぁ、大好きだ。休日によく美術館巡りをするくらいにはね」
「俺、行ったこと無いんですよね。美術館とかそういう所」
「ほ、本当かっ!?一度も?」
「え……?は、はい。一度も」
ガシャンッとパイプ椅子が音を鳴らすほど、勢いよく立ち上がる。その表情には『信じられない』と書かれていた。
「か、会長……?」
「これは由々しき問題だ。まさか、こんな近くに美術館を訪れたことが無い生徒がいたとは……」
「あの……?」
「今週の土曜日予定は空いているかい?いや、必ず空けるんだっ」
「は、はいっ!」
有無を言わさないその圧力に、思わず背筋を伸ばして返事をした。
というか――
「俺より明石さんと行くべきでは?」
「あいにく今週は予定が入っているらしい。だから、気にしなくても平気だ」
「……そうですか」
「それでは、土曜日に――あぁ、そういえば、君の連絡先を知らないな。休日に会うとなればお互いの連絡先は必要不可欠だろう」
そう言って胸ポケットからスマホを取り出し、LIMEのQRコードを俺に向ける。
灯織会長の言うことも一理あるし、会長が良いと言うなら拒否をする理由もない。
「会長のアイコン……なんですか?」
「ふふっこれはね?
「へ、へぇ……」
おどろおどろしい背景に、街や木がグニャグニャと歪な形をしている。これが……美術作品?
「今度行く美術館にこの作品も置いてある。そのとき、この作品についてゆっくり教えてあげるよ。それじゃあ、楽しみにしているよ」
そう言い残し、部室を後にした。
美術館……かぁ。
まさか、生徒の憧れの的である灯織会長と美術館に行くことになろうとは思ってもいなかった。
そして、頭の中から、未来の映像に対する不安が綺麗さっぱり抜け落ちるくらいには、俺も気持ちが高鳴っていた。
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