第3話 私に似合う洋服はどれかな?

「昨日の夜、改めて考えてみたんだ。私が似合わないと思うファッションについて」

「はい」

「ゴスロリだろうか」

「……はい?」


 学校終わり、俺と灯織会長は都心屈指の大きさを誇るショッピングモールを目指して歩いていた。

 話題は昨日提案したファッションについて。


「あの幻想的な雰囲気やデザインは、たしかに目を張るものがあるが、私には似合わないと思う」

「いや、そういうマニアックなものじゃなくてですね……」

「ん?違うのか?それなら、もう一つあるんだ」


 人差し指をピンと立てて、得意げな顔でこちらを見てくる。


「友人から聞いたのだが、この世には『地雷系』と言われるものがあるらしい。調べてみたのだが、たしかにあれも似合わないだろう」

「…………。会長は、『落ち着いたシンプルな服装』が好みなんですよね?」

「あぁ。簡単に着こなせるからな」

「なら、その逆で一部『可愛らしい』ものを取り入れてみるとか……です。フレアスカートだったり、ブラウス……だったり」


 俺の少ない知識を総動員して、候補をあげる。

 それが功を奏したのか、灯織会長は、合点がいったかのように『なるほど』と手を打つ。


「ふふっ解釈違いを起こしてしまっていたようだ。そういう事だったのか」

「や、俺も説明不足でした」

「そんなことは無いさ。しかし、『可愛らしい』ものなら、友人からいくつかオススメされているものがある。購入には至っていないが」

「候補があるなら、今日のショッピングに俺は要らなくないですか?」


 候補が幾つかあるのなら、それを選ぶだけでいい。わざわざ俺が同行する必要は皆無だ。

 だが、灯織会長は、俺の質問に首を傾げる。


「これは、『恋愛青春部』の活動の一環では無いのか?」

「いや……まぁ、そう言われれば……そうなんですが」

「ふむ……君は少々自覚が足りないようだ。それなら、分かりやすく腕章を付けるのはどうだろうか。自覚も持てるし気が引き締まるだろう。それくらいであれば、生徒会で用意出来る」

「いえ、お気持ちだけで結構です」


 ありがた迷惑すぎる提案を食い気味で拒否をする。

 若干ヤケクソ気味で活動しているので、『恋愛青春部』の活動自体に誇りを持っている訳では無い。


「そうか。必要になれば遠慮なく言ってくれ」



 ◇◇◇◇



 ショッピングモールの三階に辿りつくと、灯織会長は、数あるブランドショップの中の一店舗に足を向ける。

 全体的にポップな印象で、雰囲気だけ見れば、灯織会長とはミスマッチだ。

 だが、臆することなくズンズンと目的の商品棚まで進んでいく。


「たしか……。あぁ、あったあった。これだ」


 灯織会長が手に取ったのは、グリーンのビッグシルエットのスウェット。

 胸元には控えめにロゴがプリントされており、センス力皆無の俺が見ても可愛らしい印象を受ける。


 ――違う。これじゃない。


「どうだろうか?」

「凄く似合うと思います。今は、制服なのでイメージですが……」

「想像の中では、何でも似合ってしまうのが悩ましいところだ」


 綺麗に折り畳み元の場所に戻す。


「あれ?買わないんですか?」

「もう何着か候補はあるんだ。無闇矢鱈むやみやたらに購入してもクローゼットを圧迫するだけだしね」


 名残惜しさを全く感じない迷いのない足取りで、このお店を後にした。

 次のお店も似たような雰囲気だった。


「さっきとお店の雰囲気似てますね」

「友人の好みでね。私がよく利用するお店は、もっと落ち着いた雰囲気さ」


 店内をぐるりと見渡してから、俺に向かって静かに微笑む。

 なるほど。それなら、納得だ。


「次はこれなんだが……」

「シースルー素材って言うんでしたっけ」

「あぁ、そうらしいのだが……些か透けすぎじゃないだろうか」


 灯織会長は、透け感のあるロングブラウスを自分へと重ねる。その瞬間、思わずハッと息を飲んだ。

 上品な灯織会長の雰囲気に、大人可愛い黒のロングブラウスは想像以上の破壊力だった。


「会長って何でも似合いますね」

「ふふっありがとう。褒めても何も出してあげられないけどね」

「いえ、率直な感想なので……」


 ――でも、違う。これでもない。


 また、元の場所に戻し、次の店舗へ。


「さて、最後はこれだ」

「これは……ブラウス?ワンピース?ですか?」

「これは、チュニックワンピースというものらしい。着丈がワンピースより短い分、タイトなパンツと合わせても良いのだとか」


 三つ目の店舗にして、映像と同じ洋服が現れた。

 同じように、チュニックワンピースを自分のシルエットに重ねる。


「さっきの黒のロングブラウスは、クールだけど可愛らしさも感じられる大人な女性って感じでしたが、白のチュニックワンピースは清楚で愛嬌のある大人な女性って印象になりますね」

「本当に君は褒め上手だな」


 腰に手を当てて、小さくクスリと笑う。

 本心を言葉にしているだけなので、褒め上手と言われるのは悪い気がしない。


「さてと、三つの洋服を君に見せた訳だが。どれが良いと思う?」

「三つ全部と言ったら?」

「なかなか鬼畜なことを言うね。君が思うほど、私の懐事情は豊かなものじゃないんだ」

「さすがに冗談ですよ」


 さて……これは困った。思った以上に悩ましい。

 物を見るまでは、映像で見たチュニックワンピース一択だったが、見たあとでは簡単に即決は出来なかった。

 どれが良いか……――って、違う!今は俺の好みなんてどうでもいい。


「この、チュニックワンピースが一番似合うと思います」

「分かった。では、これにしよう」


 洋服をカゴに入れ、なんの躊躇いもなくレジまで歩いていく。

 灯織会長の凄いところは、この思い切りの良さだ。

 普通は、多少の葛藤や迷いが生じても良いのだが、それを全く感じない。

 この決定力と行動力の高さが、生徒会長たらしめる所以なのか。



 ◇◇◇◇◇



「今日は付き合わせてすまない。女の買い物に付き合うのは疲れたろう?」

「『恋愛青春部』の活動の一環なので」

「おっと、そうだったな」


 付き合ってもらったお礼と称して、スタボのフラペチーノを奢ってもらっておいてなんだが……。

 今更だが、肩に掛かる重みがグンッと増した気がする。


「ふふっどうして君が緊張するんだい?」

「え?いえ、緊張なんて……」

「ならば、その強ばった表情を私は見なかったことにしよう」


 片目でこちらを見ながら、口元に手を当ててクスクスと笑う。

 当の本人は、緊張した雰囲気は無く、どこかワクワクとした様子だった。


「会長」

「ん?」

「頑張ってくださいね」

「あぁ。精一杯楽しんでくるよ」


 俺の大袈裟と言える鼓舞に、灯織会長は握りこぶしを作って応えてくれた。

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