第2話 生徒会長は恋に悩む

「なんっでだよ!」


『恋愛青春部』の部室内に俺の怒号が轟く。

 その怒号に反応を示す部員はおらず、シンッと途端に静寂が満ちる。


「猛のやろう……」



 ―――――



 ――三週間前


『なぁ、茅颯。俺サッカー部の助っ人行ってくる』

『え?良いけど……ここはどうすんの。お前部長だよな?』

『大丈夫だって!あくまで助っ人だし、掛け持ちでやるって!お前に丸投げはしねーよ』

『そこまで言うなら……行ってこいよ』



 ―――――



 そう言って送り出して、はや三週間。

 にも関わらず、今日に至るまで、あいつは一度たりとも姿を見せなかった。

 何度か声はかけたんだけど――


 ――『わかってるわかってる!行くからさ!』

 ――『も、もう少し待ってくれ!サッカー部意外とキツくて……身体がさ……』

 ――『大丈夫!行くって』


 終始、こんな感じ。

 猛に振り回されるのには慣れっ子だが、流石に我慢できなかった。


「ふざっけんな!勝手に人を巻き込んで、あとはおひとり様でご自由にってか!?…………あぁ、やってやるよ!」


 ――コンコンコン


 ノックの音でハッとなった。

 そうだ。ストレスは、カラオケにでも行って発散させればいい。


「開いてますよ」

「失礼するよ」

「か、会長っ!?」


 姿を現したのは、現生徒会長で三年生の灯織ひおり冬華とうか先輩だった。

 凛とした佇まいと弓道において全国大会常連、テストも常にトップの成績を保持。

 まさに文武両道を体現しており、生徒の憧れの存在だ。


「外まで君の叫びは聞こえてたよ?何かあったのかい?」

「いえいえ!個人的な問題ですので」

「そうか。私で良ければ相談に乗るから、いつでも生徒会室を訪ねておいで」

「手に負えなくなったら、お願いします。――それで、会長はどう言った用件で?」


 灯織会長は、手に持っていたファイルから一枚の用紙を抜き取り手渡してきた。

 用紙には『部費申請書』と書かれており、大きく目を見張った。


「部費っ!?こんな部活に!?」

「先日行われた生徒会予算委員会で君たちの部活のことが議題に挙がってね。前例が無いぶん満場一致……とはならなかったが、期待の意味を込めて部費を振り分けることになった」


 灯織会長は淡々と経緯を説明する。


「なにか質問は?」

「いえ……ありません」

「振り分けたと言っても、雀の涙ほどだ。せいぜい備品が買えるくらいのものだから、あまり期待はしないでほしい」

「あ、その辺は大丈夫です。学校のもので事足りるので」


 他部活と違って合宿や遠征の必要も無いし、消耗品なんて物もない。

 現状使う予定は無いが、後々必要になってくるはずだ。

 そんな事を考えている間も灯織会長は、その場から動こうとしなかった。


「会長?」

「ところで……今日は活動日なのかい?」

「え?まぁ、はい。休みは土日くらいです」

「そうか。なら、少しだけ相談に乗って貰えないだろうか」


 どうやら、部費の件はついでで、灯織会長の本命はこれからだったみたいだ。


「相談?なんのです?」

「……恋愛のだよ」

「恋……愛……?あ!恋愛ですね!すいません」


 灯織会長=恋愛と瞬時に結びつけられなかった。

 常に凛々しくかっこいい生徒会長が恋に悩んでいるなんて、誰が想像できるだろうか?


 俺の素の反応を意地悪をされたと思ったようで、ジト目の反撃を受けてしまった。

 普段見ることの無い灯織会長の仕草にドギマギしながらも、パイプ椅子を引き、手で座るよう示す。


「正直、会長って恋愛のイメージ無かったです」

「私だって恋愛の一つや二つするさ。なんてたってじぇーけーだからね」


 胸に手を添えて、ふふんっと得意気な表情をする。


「……あまり言い慣れてませんか?」

「む、やはり分かってしまうか。そう言った言葉には疎いんだ。だが、生徒会長たるもの、『知らなかった』では済まされないこともあるからね」

「意識高いですね……。何事にも」


 正直、違和感しか無いのだが、本人が楽しいなら良いかと思うことにした。

 さて、本題だ。


「じゃあ、始めますね。会長は、恋愛のサポートをして欲しい――で、合ってますか?」

「あぁ、合っている」

「なら、意中の相手の名前と関係性を聞いても良いですか?」

「名は明石あかし和彦かずひこ。関係性は……幼馴染と言ったところかな。相手の方が四つ上だけどね」


 聞かれ慣れているのか、スラスラと何の抵抗も見せない。

 だが、流石に次の質問では、そうはいかなかった。


「会長は、その人とどうなりたいですか?」

「そうだね……恋仲になれれば……嬉しいかな。って、改めて言うと照れてしまうね」


 照れを隠すようにはにかむ灯織会長。

 いまこの瞬間は、生徒会長ではなく、恋する女子高生の灯織冬華だった。


「ありがとうございました。根掘り葉掘り聞いてすいません」

「良いさ。口にすると改めて好きだなって自覚できる」


 意中の相手を思い出しているのか、表情がかなり和やかだ。この表情を、他の生徒が見たら更に人気が出そうだ。

 貴重な瞬間を少しでも見ていたい気持ちを振り切って、最後の仕上げに移る。


「会長。手に触れても大丈夫ですか?」

「手?構わないけれど……何をするんだい?」

「ちょっとした占いの一種です」

「なるほど?手相の類かな?なら、遠慮なく触れるといい」


 デスクの下から、スっと白くきめ細やかな手を差し出す。

 とりあえず許可を得たので、スっと控えめに手に触れる。

 ジジジッとノイズが走り、脳内のスクリーンに映像が投射され始めた。



 ―――――



 姿見の前には、部屋着姿の灯織冬華が立っている。

 右手には、ジャケット。

 左手には、チュニックワンピース。

 悩ましげな表情で、系統の違う二種類の洋服を交互に自分のシルエットに重ねる。

 ジャケット、チュニックワンピース、ジャケット……チュニックワンピース――――

 長考の末、僅かに肩を落としてチュニックワンピースをクローゼットに戻した。


 ここで、映像がプツリと途切れた。



 ―――――



「ふぅ……」

「もう良いのかい?」

「はい。ありがとうございます」


 瞼を開くと日本人形の様な柔らかな微笑みを称えた灯織会長と目が合った。

 外での様相の違いにドキリとしながらも、お礼を言って手を離す。


 俺が視た、灯織会長の近いうちに訪れるの欠片をゆっくりと咀嚼する。

 悪い未来にはならない。けど、最良の未来にも繋がらない……気がする。


「会長。直近で明石さんにお会いする日はありますか?」

「直近だと……今週の土曜日かな。美術館を巡る予定と聞いている」

「それなら、一つだけ提案です」

「ぜひ、聞きたいね。なにかな?」


 前かがみになって、俺の言葉を待っている。

 その面持ちは、どこかワクワクとしているようにも見えた。

 そんな灯織会長に、アドバイスを授けた。


「そのとき、自分に似合わないと思った服装で行ってください」

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