第3話
――あの日の記憶――
バルデス様は私との婚約を果たしてからというもの、完全に変わってしまわれていた。
最初こそ私の事を大切にしてくれているような振る舞いを見せてくれていたものの、自分の前を他の貴族家の女性が通り過ぎれば視線を奪われたり、自分の方から声を駆けに行ったり、果ては彼女たちの気を引くために自らパーティーを主催することもあった。
ある日の事、そんなバルデス様の言動に悲しみを募らせた私は、彼に対してこう言葉を発した。
「バルデス様、これ以上はもう我慢ができません…。私はバルデス様の言葉を信じて、あなた様のもとに婚約者として参ることを決めたのです。しかし、今私に向けられている言葉はどれも私の思いを裏切るものばかり…。こんな生活が繰り返されるというのなら、私は心が壊れてしまいそうです…」
その言葉を告げた時、私は特別にバルデス様の事を断じたいという思いはなかった。
ただただ今の私の思いを正直に、それでいて素直に言葉にして彼につぶやいただけの事。
その裏にあったのは、私が心の中に隠し抱いていた思いの少しでも彼に受け取ってもらえたらうれしいなという思いだけだった。
ただ、そんな私の言葉に対して彼が返した言葉は、それはそれは期待を大きく裏切るものだった。
「…カレン、君は一体何様になったつもりなんだ?最初から言っているだろう、君はこの僕に選ばれただけの存在なのだ。婚約に至るいきさつを考えても、お互いが持つ能力や過去を考えても、君が僕に大人しく付き従うというのは決定事項だろう?そこに文句を言ってわがままを通そうとするなんて、それはもう度が過ぎたことを言っているとは思わないか?君にはその自覚もないのか?」
バルデス様は自信が私にうそをついていることを棚に上げて、一方的な言葉を言い始める。
そこに暖かさややさしさは一切感じられず、私の思いはただただ裏切られたのだということをまざまざと感じさせた。
「カレン、君は黙って僕に従っていればそれでいいんだよ。余計なことは考えようとするんじゃない」
「し、しかし…。今のままではあまりにも…」
「カレン、よく聞いてくれ。君が僕の言うことを聞けないというのなら、僕は君の事をここから追放しなければならない。それはすなわち、婚約の破棄を意味するものとなる。…カレン、せっかく僕との婚約関係を手にするに至ったのに、それを自分のわがままで失うことになるほど愚かなことはないとは思わないか?君だって内心ではそう理解しているんだろう?」
「……」
いうだけ無駄、というのはこのことを言うのかもしれない。
私の思いは一切バルデス様の心には届いていない様子で、彼は私がどれだけ心の叫びを告げようともそれに真剣に向き合う様子を見せず、どこまでも自分本位の言葉を続けていった。
「僕は貴族位の男なんだぞ?他の女性を気に入って関係を持つくらいなんでもないじゃないか。君のことだってちゃんとこうして受け入れてやっているじゃないか。…そもそも僕は、君が僕のすることに文句を言わなさそうだから婚約者として選んでやったのだぞ?にもかかわらずそれを果たせないとなるなら、それこそ僕に対する裏切りじゃないか?君はどうして自分がここにいるのかをしっかり理解しているのか?」
…どこまでも自分の立場を変えようとはしないバルデス様。
確かに階級や立場の上では彼の方が上なのかもしれない。
でも、だからといって私の思いを無視して、この関係はただの飾りに過ぎないから私には何も言う権利はないと言ってくるなんて、それこそ私にかけてくれたかつての言葉の裏切りなのではないだろうか…。
「まぁ、どうにも受け入れられないというのなら出て言ってくれても構わない。君の代わりなどいくらでもいるのだから、わざわざ生意気で文句を言ってくる君にこだわる必要も僕にはない。そうやって真実の愛というのは作り上げられていくのだからな」
真実の愛、今まで私の事を裏切り続けてきたあなたからそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
…でも、それは間違いなく私に対して向けられたものではないのでしょうね。
あなたがその頭の中で考えている関係は、すでに新しい女性との華々しい未来を描いたものに変わっていっているのでしょうから。
「…本気で、そうさせてもらいましょうか…。私の代わりがいくらでもいるのなら、それでもいいですよね…?」
「あぁ、それなら僕は君の事を追放しなければならなくなるな…。だって君の方から出て行ってしまわれたら、僕は貴族の位を持つ男でありながら婚約者に逃げられた男だということになってしまう。ならいっそ、自分の方から相手を追放してやったという方が、対外的にも良い印象を与えられることだろう。カレン、僕が君のために恥をかくことなどありえない。君だってそのことはよくわかっているんだろう?」
…最後の最後まで、結局自分の事しか考えていないのでしょうね…。
でも、それならそれで私にも考えがあります。
あなたが私の事を追放されるというのなら、私もまたあなたの事を追放して差し上げましょう。
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