第4話

「もうお返事は書きあがったのですか?」


穏やかな表情を浮かべながら、ケルンは机に向かってくつろぐ私にそう言葉を発した。


「あぁ、もう書きあがったわ。ケルン、あなたには迷惑をかけるけれど、これをあのバカ男のもとに届けてもらえるかしら?」

「もちろんでございます。して、差し支えなければどのようなお返事をしたためられたのですか?」


ケルンめ、自分の方から私に話しかけてきたのは、手紙の中身が気になったからか。

なかなかずる賢いことを考えてくれる♪


「別に隠すことでもないし、見たいなら見ても構わないわよ?」

「それはうれしいですね。では、遠慮なく…」


ケルンはうれしそうにそう言葉を発しながら、私から受け取った手紙をその場でそっと広げ、中身をすらすらと読み上げていく。

そこには、今の私が想っていることをそのままストレートに書き上げた。

かつてバルデス様が私に告げてきた、素直に正直にという言葉。

今こそそれを相手にお返ししてあげるとき、ただそれだけの話なのだから。


――――


ケルンが手紙を届けに向かった後、私は自室で一人のんびりとくつろぎ始める。

この屋敷はもともとはバルデス様の持ち物であったから、いろいろなところにその名残がある。

しかし、まだ彼がここから出て行ってそんなに長い時間は経ったわけではないのだけれど、それでもここで暮らす人々の印象からはバルデス様の存在は完全に消えていきつつあった。

…一体それまでがどれだけ薄い印象だったのかと笑いたくなる話だけれど、おそらくこの場所においてはそれはれっきとした真実であり、彼は本当にこの場所でなんの好印象も抱かれてはいなかったのだろう。


「まかさ、私が彼の立場をそのまま次ぐことになるだなんてね…。今思い出しても、こんなことになるなんて予想外な展開…」


バルデス様の言葉を感じた私は、彼に言われたとおりにこの屋敷から出て行って婚約破棄をすることを決めた。

しかしその時、バルデス様に仕えてきたケルンが私にあるアイディアを伝授してくれた。

それが、逆追放だった。


私が自ら出ていこうとしていることを悟ったバルデス様は、宣言していた通り私の事を追放する準備に取り掛かっていた。

しかし、それを進めるには彼にとって重要な仕事をしていたケルンの協力を得ることが不可欠だった。

だからバルデス様はケルンに声をかけ、一緒になって私の事を追放しにかかることを企図した。

でも、それが実現することはなかった。

なぜならケルンもまた、私と一緒でバルデス様に対する愛想を尽かしつつあったからだ。

この家に後から入ってきた新参者の私だけならともかく、長らくこの家に仕えてきたケルンからも愛想を尽かされるだなんて、なかなか相当なことだと思ったのを覚えている…。


「…だからこそ、こんな手紙を送ってきたんだろうなぁ…。あの時は私の事をひどい言葉でなじってたくせに、自分がその立場になったら今度は泣きついてくるんだから」


ケルンの手によってバルデスは正反対の立場に追われる事となり、その後すぐに彼はすべてを失ってこの屋敷から追放されることとなった。

その裏にあったのは、これまでに彼に対して不信感を抱き続けていたお屋敷の人々や、他の貴族家の人たちの思いもあったという。

それくらいに彼はいろいろなひとたちから嫌われていて、取り返しのつかないほどに信頼を失っていたのだろう。

そこに私に対する追放が重なったからこそ、彼に対する不信感は爆発して、このような結果に至ったのだろうから。


「あの手紙、受け取って彼はなにを想うのだろう…?結局自分の言っていることが正しいのだから、こんなものは受け入れられないとか言ってくるのかなぁ…?それならケルンの言った通り、何も返事をしない方が正解だったかもしれないけど…。まぁ言われっぱなしというのも気持ちのいいものじゃないし、これはこれでよかったかな?」


文字どおり、あの手紙には私の想ってきたことをすべてぶつけさせてもらった。

その内容に目を通した彼がその心に何を想うかなんてどうでもいい事ではあるけれど、気になるといえば気になるかも…。


ならやっぱり、手紙を返したことは正解だったと思う。

だってどっちに転ぶ結果になろうとも、私にとって愉快な結果であることにはなんら変わりがないのだから♪

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