第12話 理想の用紙①


「すごっ!」

 わたし――白浜竜花しらはまりゅうかは思わず叫んだ。

 鏡を見て、叫んだ。

 だって、あんなに大きかったおでこのニキビが、見事に消えていたんだもん。

 べつに、薬を塗ったわけじゃない。自然に治ったわけでもない。

 ニキビは『理想の用紙』によって、一瞬のうちに消えたんだ。

 理想の用紙。

 もちろん、それは、ただの紙じゃない。

 不思議な博物館に展示されていた、不思議不思議なアイテム。

 わたしは、ひょんなことから博物館に迷いこんだときのことを思い出す。

 鋼鉄の折り鶴。半透明の恐竜の化石。気球くらい大きな鈴。いつまでも雪が降りつづけるスノードーム……その他もろもろ。

 博物館は、そんな奇妙なモノであふれた返っていた。

 その中でも、とくに奇妙な存在だったのが館長さんだろう。

 中学生くらいにしか見えないのに、博物館の館長だというその少女は、あまりにも美しく、どこまでも怪しい雰囲気を放っていた。

 そんな館長さんに、いつの間にかわたしは、自分の悩みを打ち明けていた。

 自分の外見が好きじゃないって悩みを。

 いや、自分でも不思議だと思う。

 初対面の怪しい人に、悩みを打ち明けるだなんて。ふだんのわたしなら、絶対しない。それも、美しすぎる人を前にしているならなおさら。

 でも、館長さんの大きな瞳を見ていたら、いつの間にかわたしの口は動いていたんだ。

 ――良いアイテムがあるの。

 館長さんはそう言って、わたしにクリップで固定された紙の束を差し出した。

 それが、『理想の用紙』だった。

 理想の容姿?と聞き返したわたしに、館長さんは笑いながら答える。もちろん、美しい笑みで。

 ――いいえ、用紙よ。でも、容姿の意味もあるでしょうね。

 ――この紙に理想を書けば、その理想は必ず叶うの。自分の肉体に関する理想を書けば、ね。

 不思議なことに(さっきから、わたしは不思議に感じてばっかだ)館長さんの言葉を、わたしはウソだと思わなかった。

 ああ、そうなんだ、これはそういうアイテムなんだって、自然と受け止めてしまった。

 だって理想の用紙には、なんというか、独特なオーラがあった。どう見てもふつうの紙の束には見えなかったんだ。

 ――竜花さん、あなたに理想の用紙を貸すわ。

 館長さんにそう言われたときは驚いた。でも、それ以上にうれしかった。

 一目見た瞬間、わたしは理想の用紙がほしくてほしくてたまらなくなっていたから。

 うれしすぎて、どうして館長さんが貴重なアイテムを貸してくれるのか、理由を聞くのを忘れてしまったほどだった。

 ――あなたが理想の用紙をどう使ってくれるのか、いまから楽しみにしているわ。

 そう言って笑う館長さんの表情には、美しさのほかに説明しようのない〝なにか〟がふくまれていた気がするけど……気のせいかな?

 まあ、いいや。

 大切なのは、理想の用紙はホンモノってことと、わたしのニキビが消えたっていう事実。

『ニキビが消える』と書かれた紙を破り、わたしは新しい紙に『前歯の形がきれいになる』と書きこんだ。

 すぐに鏡でチェックする。

 すると、大きすぎていたわたしの前歯が、きれいな形に整っているのが見えた。

 うんうん、いいぞ。

 こうやって、少しずつ体を変えていこう。ニキビとか歯とか、まずはそういう細かいところから。

 いきなり変えると、整形したんだとビックリされちゃうしね。

 理想の用紙の貸し出し期限はまだまだ先。

 それまでに少しずつ、理想の容姿に近づけていけばいい。

「ふふっ」

 自然と笑みがこぼれた。

 わたしは、なんて運が良いんだろう。ただで、こんなすごいアイテムを貸してもらえるなんて。

 それから。

 わたしは理想の用紙を使い、どんどん美しくなっていった。

 少しずつって思っていたのだけど、途中から歯止めが利かなくなって、わたしはあからさまに美人になっていった。

 クラスメイトたちの中には、わたしの変化におどろき、からかう人もいた。

 でも、それ以上に、わたしに好意的になる人が多くなった気がする。いや、絶対多くなった。

 結局みんな、美しいものが好きなんだ。

 理想の用紙を手放したくない。

 そんな気持ちが、日に日に強くなる。

 もっともっとキレイに、美しくなりたい。もっともっとチヤホヤされたい!

 どうにかして、理想の用紙を借りパクできないだろうか。

 理想の用紙は、わたしのためにあるアイテム。わたしの、アイテム。はじめて見たときからそうとしか思えなかった。

 あの館長さんは十分すぎるくらいキレイじゃん。理想の用紙を使うまでもなく。

 だったら、わたしが使えばいいでしょ?

 わたし、まちがったこと言ってる?

 ううん、絶対、言ってない。



   

 そんなことを考えていた、ある日のこと。

「いてっ!」 

 コンビニの扉を開けようとした瞬間、わたしは静電気に顔をしかめた。

「……あっ!」

 ムカついたけど、すぐに気づく。

 もしかして、理想の用紙の出番じゃない?

 わたしはコンビニの中で理想の用紙を取り出し、『静電気を発生させない体』と書いた。

 よし、これでわたしはもう、静電気に悩まされることはない。

「そうだ!」

 ついでに、これも書き加えよう。

『汗をかかない体』

 ……うんうん、汗って昔からキライだったんだよね。

 今までは美しくなることばかり考えてたけど、これからはこういう便利さも追及していこう。

 あらためて思う。やっぱり、理想の用紙、便利すぎ。絶対、ぜ~ったい返したくない。

 でも、どうすればいい?

 あの館長さんはどう見ても一筋縄じゃいかない。

 それにあの人は、自分のアイテムを心から愛しているようだった。

 でも、そうだな、理想の用紙をどうにかうまく使えば……。

 たとえば、うん、これは最後の手段だけど、理想の用紙で、わたしの体をめちゃくちゃ強化する、とか。

 つまり、実力行使。ぶっちゃけ暴力。

 いや、ほんとに暴力をふるうつもりなんてない。

 ない、けど。でも、理想の用紙を手に入れるためなら……わたしは……。

 そう思いながら、コンビニを出て帰り道を歩いていると。

 ドンッ!

 一瞬、なにが起きたかわからなかった。

 大きな音がして、そして、わたしの体が、地面にたたきつけられたんだ。

 …………ああ、そうか。

 遅れてやってくる理解と痛み。

 たぶん、木だ。

 街路樹が、倒れて、わたしはその下敷きになったんだ。

 痛みにたえながら、わたしの脳内に浮かんだのは「しまった」という後悔の言葉。

 静電気とか蚊に刺されないとかの前に、怪我をしないとか、痛みを感じないとか、先に理想の用紙に書くべきだった。

 いまから書こうにも、木の重みのせいで、腕が動かせない。左ポケットに入った理想の用紙が取り出せない。

 ……あっ、でも!

 たまたま隙間があるのか、どうやら、右手はギリギリ動かせるみたいだ。

 よかった。右手には、スマホがある。これで助けを呼べる。

 痛みをこらえながら、わたしはスマホを取り出し、画面のロックを外――あれ?

 ロックが、外れない。

 どうして? スマホの電源は入ってる。壊れたわけじゃないのに。

 どうして、どうして、なんでなんでなんで。

 何度も何度もロックを解除しようと、何度も何度もスマホの画面を指でたたく。

「なんでっ……どうしてっ……」

 体にのしかかる重みと痛み。

 心にのしかかる焦りと不安。

「…………だ、れ……か、助……けて……」

 薄れゆく意識の中で、それでもわたしは、何度もスマホをたたいた。

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