第10話 シンキング王冠①

 ぼく――弦巻岳つるまきがくは王冠を手に持った。

 ただの王冠じゃない。その名も『シンキング王冠』を。

 シンキング王冠は、外国の絵本にでも出てきそうな、トゲトゲで赤い宝石が埋めこめられている、それはそれは立派な王冠。

 たしかシンキングって、思考って意味なんだっけ。

 ぼくの予想だとシンキングの〝キング〟と王冠の〝王〟がかかっているんじゃないかな。

 こういうの、ダブルミーニングって言うんだっけ? あれ、ちがうっけ?

 まあ、それはさておき。

 べつに王子さまじゃないぼくが、どうして王冠を持っているのかというと、それは館長さんに貸してもらったからだった。

 館長さん――宝野ヤカタさん。

 ふしぎアイテム博物館の館長。

 ひょんなことから迷いこんだ博物館で、ぼくは館長に悩みを打ち明けた。

 テストが不安だって悩みを。

 そしたら館長さんが、シンキング王冠を貸してくれたってわけ。

 シンキング王冠は、かぶっただけで思考力が高まる王冠。

 これがあれば勉強が、ふだんの何倍もはかどるらしい。

 ――さすがにテスト中にはかぶれないけれど、シンキング王冠をかぶったまま勉強すれば、テストなんて楽勝なくらい知識が頭に入るでしょうね。

 館長さんの言葉がよみがえる。

 ――理解力、記憶力、思考力、発想力、とにかく頭が良くなるの。

 ――とにかく、頭の回転が、とてつもなく速くなるのよ。

 かぶるだけで、頭が良くなる。

 そんなの、ふつうはありえない。

 でも、あのときの館長さんの言葉は、たぶんほんとう。

 とっても美人さんだけど、とっても怪しい館長さん。

 そんな館長さんは、自分のアイテムを心から愛しているようだった。

 そんな館長さんが、アイテムのことでウソをつくだろうか?

 館長さんの言葉には自信にあふれていて、どこまでも説得力があったんだ。

 それに、シンキング王冠を一目見たときから、ぼくはこれがほしくてたまらなくなっていた。

 まちがいなく、これはただの王冠じゃない――直感というか本能で、ぼくにはそれがわかったんだ。

「よし」

 ぼくはうなずいてから、王冠を頭にかぶった。

 その、瞬間。

「うっ!!!」

 頭にカミナリがおちたかのような、そんな衝撃が走る。

 でも、こわくない。痛くもない。どちらかといえば、心地いい!

 ぼくはあらかじめ用意していた算数のドリルを広げる。

「できるっ……できるっ!」

 そこに書かれていた算数問題が、いままでにないくらいの圧倒的スピードでスルスル解ける!

「わかるっ、わかるぞ!」

 館長さんの言っていたとおり、理解力とか思考力が半端なく上がっているのがわかる。

 難しそうな問題も、あっさり解ける。解き方をあっさり思いつける!

 いいぞ、いいぞいいぞ!

 勉強をしていて、ここまでテンションが上がったのは、生まれてはじめてだった。

 わかる。わかるわかる!

 まるでスポンジのように、脳にスゥーっと知識が染み込んでいく感覚。

 勉強って、こんなに気持ちの良いものだったこのか!

 圧倒的なスピードで、ぼくは算数ドリルのすべての問題を解き終える。

「もっと、もっとだ!」

 すっかり楽しくなったぼくは、算数のドリルだけでなく漢字のドリルや理科のワークをカバンから取り出した。

 あっという間に問題を解きながら、自分で自分に感心してしまう。

 いやいや、もっと勉強したいだなんて、ふだんのぼくならありえないことだよ。

 ……そういえば。

 ――シンキング王冠にはツマミが付いているわ。ツマミを回せば、もっと思考力がアップするの。もっと、頭の回転が早くなるのよ。

 館長さんはこんなことも言っていたっけ。

 じゃあ、そのツマミを回しちゃえば、ぼくはもっと頭がよくなって、つまり天才になれるってこと!?

 やってみたい、そう思った。

 でも、館長さんはこうも言っていたっけ。

 ――でも、あまりオススメしないわ。思考力がありすぎるというのも、なかなか大変でしょうから。体への負担もあるでしょうし。

 ――何事も、ほどほどにということよ。わかるかしら、岳くん。

 でも、ちょっとだけなら。

 ぼくは頭の王冠に手を伸ばす。

 ちょっとだけなら、良いよね。

 ほんの少しの間、天才になって、それでそれで、何か発明とか思いついちゃって、それで特許とか取っちゃったりして。

 そうすれば、ぼくはお金持ちになれるし、みんなからめっちゃほめられるし。

 良いことずくめじゃんか。

 だから、ほんの少し、天才にさせてもらおう。

 ぼくはシンキング王冠のツマミを回す。

「うおおおおおっっっっ!!!!!!」

 カミナリに打たれたかのような衝撃が、ふたたび頭を襲う。

 ……でも、もうちょっと、いけるかな。

 ツマミをさらに回す。

 衝撃は、さらに激しさを増した。

 …………でも。

 でも、もうちょっと、あと、もうちょっといけるんじゃないか。

 もうちょっと、頭を良くできる、そうでしょ?

 ――何事も、ほどほどにということよ。

 一瞬、館長さんの言葉がよみがえる。

 ……それでも!

 ぼくは、覚悟を決めて、さらに、ツマミを回す!

「あっ」

 そのとき、ぼくはミスをおかした。

 覚悟を決めすぎて、強くツマミを回しすぎたんだ。

 思ったより、ツマミは、ぐるりと回って、そして。

「うぐっっっっっあああああああああああッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 とてつもない衝撃が、頭を襲う。

「うぅっっ!!!! あああっっっっっっっああっ!!!!!!!!!!!!!!!」

 ぼくは叫びながら、その場に倒れこむ。

「………………うぅ、痛て」 

 どれくらいの時間が経っただろう。

 ようやく頭の中の衝撃がおさまり、ぼくはなんとか立ち上がる。

 ……ん? ……あれ?

 おかしい、と気づいたのは、立ち上がったその直後だった。

 体が、動かない。

「なんでだよ」と言いたいのに、口も開かない。

 え、ほんとになんで? なんで? なんで? なんで? なんで?

 どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?

 シンキング王冠で頭が良くなったぼくの脳ミソはフル回転して、思考をめぐらせる。

 ……あっ……!

 だから、すぐに答えを見つけてしまう。

 ……ああ、そうか。なんてことだ……!

 ぼくは、

 思考力がアップしすぎて、だから、こんなことに!!!

 どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。

 どうしてから、どうすればに思考がシフトする。

 頭をフル回転して、必死に、解決策を探す。

 でも、まったく、わからない。

 シンキング王冠を使って、頭が良くなったこの状態で、どうしたらいいかわからない。

 どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。

 いったい、どうすれば………………?

 時計の針はいまだに、まったく動いていなかった。

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