第7話 人間関係ボタン③
来たときの通路を引き返し、わたしは博物館へと通じていた最初の扉のところまでもどった。
「その扉を開ければ、もといた場所に帰れるからね」
ここまでお見送りしてくれたメイが言う。
「アイテムを返すときは、同じ扉を開ければいいよ。あとは……うん、貸し出し期間は、一週間でどう?」
わたしはうなずく。
「それと、確認のためにもう一度言うね。人間関係ボタンの使い方だけど、使うときは必ず、相手の顔を見ながらボタンを押すこと。逆に言うと、顔が見えない相手には使えないんだ」
「わかったわかった」
通路を歩く途中でも聞かされていたので、聞き流す。二回も言われなくてもわかるって。
「じゃ、わたし行くから」
「うん。今日はありがとう美音ちゃん。ヤカタさまのワガママに付き合ってくれて」
ヤカタさま、ね。
ナゾだらけの博物館だけど、メイと館長の関係もナゾだ。
「美音ちゃん、最後に一つ、人間関係ボタンは強力なアイテムだよ」
わたしが扉のノブをつかんだタイミングで、背後のメイが言う。
強力? だから、言われなくてもわかってるっての。
「強力すぎて、兵器と言われるくらいにね」
「へ、兵器?」
思わずふり返る。メイは真剣な表情をしていた。
「だからね美音ちゃん。どうか、人間関係ボタンを使うときは慎重に。アイテムを使うのは良いけど、アイテムに使われちゃだめだよ」
「わ、わかってるって!」
年下に注意されたのがムカついて、声がとがってしまった。
それが気まずくて、わたしは急いで扉を開ける。
目の前に見えるのは、見慣れた校舎の見慣れた廊下。
「ちょっとあなた、いつの間に?」
ふり向くと、保健室の先生がおどろいた顔でわたしを見ていた。
メイはいない。通路もない。
いつの間にか、わたしは保健室の中にいたんだ。
「三組の押井さんよね? いつの間に来たの? ダメよ、だまって入ってきちゃ。授業はどうしてたの? 具合悪いの?」
保健室の先生は、どこか迷惑そうな顔で言う。いや、どこかじゃない。絶対迷惑そう。
なんで? わたしは悪いことなんしてない。保健室に来た生徒を、まずは心配しろよ。
なんで? ねえ、なんで? ……ムカつく!
わたしはポケットから、人間関係ボタンを取り出す。
「それはなに? 押井さん、学校にオモチャを持ってきちゃ――」
「うるさい」
「なっ! ちょっと、押井さん!」
わたしの発言に、保健室の先生は目をつり上げた。
でも、かまうもんか。いまのわたしには、これがある!
「うるさいうるさいうるさいっ! 先生だからって調子にのんなっ!」
保健室の先生の顔をじっと見ながら、わたしは言う。
「あんたは、わたしには絶対逆らえない。あんたとわたしの関係は、そんな上下関係!」
そして、人間関係ボタンを押す。
その、瞬間。脳ミソがグラッとゆれる、そんな感覚におそわれる。
でも、それだけだ。それ以外は、なにも起こらない。
……ちょ、ちょっとちょっと!
まさか、不良品? いや、てゆーか、わたし、だまされた!? ふざけんなよあの館長!
なんて思った、その瞬間。
「あの、ほんとうに、申しわけありません!」
と、保健室の先生が頭を下げた。
「わたしがなんかが、押井さんにエラそうなことを言って、ほんとうに、ほんとうに、申し訳ありませんでした!」
そう言って、保健室の先生はさらに頭を下げた。深々と。体を折り畳むように。
大人が、さっきまでわたしを雑に扱っていた大人が、敬語で謝罪した!
人間関係ボタンを、ギュッと握りしめる。
「ほ、本物、だ」
このアイテムは本物。
「やった、やったあ!」
頭を下げる保健室の先生を見下ろしながら、わたしはガッツポーズをした。
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