第6話 人間関係ボタン②
やがてたどり着いたのは、金ピカの装飾がほどこされた、それはそれは立派な扉の前だった。
「ごきげんよう」
扉を開け、部屋の中に入ったとたん、すぐに声をかけられる。
「ようこそ、私の博物館へ」
中にいたのは少女だった。
いや、美少女だった。
どこまでも黒い、闇夜のような髪。あまりにも白い、光って見えるほどの肌。
大きな目、愛らしい口。スーッと通った鼻筋。
そんな、こわいぐらいに整った顔の美少女が、ソファーに座りほほえんでいる。
「私の名前は宝野ヤカタ。この博物館の館長よ」
館長の見た目は、中学生くらいに見えた。
その若さで館長? そんなのふつうありえない。
でも、わたしは目の前の美少女が館長――この博物館の主なのだと、すんなり納得してしまう。
だって、この美少女はあまりにも、博物館の雰囲気になじんでいた。
そして、展示品のアイテムと同じくらい、不思議なオーラを放っていた。
「お名前を聞いてもいいかしら?」
わたしがソファーに座るのを見てから、館長はたずねた。
「押井美音……です」
同い年くらいなのに、敬語になってしまう。
「ありがとう美音さん、私に会ってくれて。とってもうれしいわ」
「あの、館長、さん」
「なにかしら?」
「この博物館って、なんなんですか。わたし保健室――」
「いいのよ」
館長は、わたしの言葉をさえぎった。
「いいのよ美音さん、そんなことは」
「そ、そんなことって」
「そんなことより、アイテムの話をしましょう。私の愛するアイテムの。だってあなたは、博物館のアイテムが気に入ったのでしょう?」
「っ!」
なんで。わたし、それはまだ話してないのに。
「うふふっ」
館長はニッコリほほえんだ。
絵に描いたような。お手本のような。文句のつけようもない美しい笑み――なのに。
それなのに、その笑みを見た瞬間、わたしの体はブルッと震えた。
美しいけど、でも、それだけじゃない。その笑みには〝なにか〟がふくまれていた。
あれ?
ここで、はじめて思う。
わたしは、ほんとうに、ここに来て良かったの? ほんとうに、この館長に会って良かったの?
「美音さん、あなたはなにか悩んでいるのでしょう? だから、アイテムに惹かれている。ちがうかしら?」
だから、なんでわかるの!?
「わ、わたし帰――」
「ねえ、美音さん」
帰る、そう言おうとしたわたしの言葉を、またもやさえぎる館長。
「もしよければ、私の愛するアイテムを、あなたに貸してあげる」
「えっ?」
思ってもみなかった言葉に、わたしの体は固まった。
「貸すって……ど、どうして?」
「アイテムは、人が使うためのもの。人が使ってこそ、アイテムはその真の価値を発揮する。どう? ちがうかしら?」
それは、そうかもだけど。
「だから、美音さんにアイテムを使ってほしいの。さあ美音さん、あなたはなにを悩んでいるの?」
「それは……でも……」
「ねえ、美音さん、話して」
館長の大きな目が、わたしをじっと見る。
その瞬間、ゾクゾクゾクッと体が震えた。電気のようななにかが、わたしの体をかけめぐる。
「……わ、わたし」
なぜか、わたしの口は勝手に動く。
「わたし、クラスメイトに裏切られて、友だちだと、思っていたのに――」
裏切られたことを話すなんて、そんな弱みをさらすマネ、ぜんぜんわたしらしくない。
「しかも、ほかのクラスメイトも、わたしの悪口に笑ってて、みんな、ふだんから、わたしをバカにしてたんだって思ったら、悲しくてムカついて――」
それなのに、館長に見つめられると、言葉がスラスラ出てくる。
「なるほど。なるほどだわ」
館長は、どこかうれしそうにうなずいた。
「美音さん、あなたにピッタリのアイテムがあるの。メイ、あれを」
「りょーかいっ」
そう言って、メイは部屋を出ていき、そして、すぐにもどってきた。その手に、なにかを握りながら。
「はい、ヤカタさま」
「ありがとう、メイ」
メイから受け取ったなにかを、館長はわたしの前に差し出した。
それは、ボタンだった。
クイズ番組で使われる、早押しボタンのような見た目をしている。
「はいどうぞ美音さん。『人間関係ボタン』よ」
「人間、関係……」
「この人間関係ボタンを押せば、美音さんの人間関係を自由に変更できるの。あなたの友人を他人に、他人を恋人に、恋人を友人にできるのよ」
ウソとは、思えなかった。
ほかの展示品と同じように、人間関係ボタンには独特なオーラがあった。
これが、ほしい――そんな気持ちがムクムクとわいてくる。
あぁ、そうか。わたしは、ずっと、こういうモノがほしかったんだ。
「ありがとう……ございます」
わたしはいつの間にか、人間関係ボタンに手を伸ばしていた。
「どういたしまして。とある人間ギライの科学者が生み出したおそるべきアイテムよ。美音さんにピッタリね」
ふだんなら、だれがわたしにピッタリよ――と抗議していただろう。
でもいまは、手の中にある人間関係ボタンが気になってそれどころじゃない。
「……それじゃあ、えっと、帰ります」
やがて、わたしは館長室をあとにすることした。
「ごきげんよう美音さん。アイテムを使ってみた感想を、いまから楽しみにしているわ。不確かで移ろいやすい人間関係を、ぜひともコントロールしてほしいわね」
「……あの、最後にいいですか?」
金ピカの扉を開ける寸前、わたしは館長さんにたずねる。
「ええ、もちろん。なにかしら?」
「その、えっと…………いや、なんでもないです」
この博物館がなんなのか、それを説明してくれないのはわかった。じゃあ館長さん、あなた自身は?
あなたは、なんなの?
それをたずねようとしたのだけど、やっぱり止める。
いま、館長の機嫌を損ねて、アイテムは貸さないと言われたらこまる。
決して、館長のことを知るのをビビったわけじゃない。
決して。
「ごきげんよう」
扉が閉まる寸前、館長はもう一度言った。
扉のスキマから見る館長の顔は「たずねなくて正解よ」と言っているように見えた。
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