第5話 人間関係ボタン①

「最悪っ!」

 わたし――押井美音おしいみおんは言う。

 学校の廊下で、ひとり、言う。

「最悪! 玲奈れいなのやつ、ほんと最悪っ!」

 玲奈は、六年二組のクラスメイト。

 わたしは、玲奈のことを友だちだと思っていた。

 でも、それは間違いだった。玲奈は、わたしを裏切ったんだ。

 そのときのことを思い出す。

 あれは、わたしがトイレからもどって教室に入ろうとしたときのこと。

 ――ねえ、知ってる? 美音のこと。

 ――美音ってさあ、ああ見えて、性格悪くってぇ。

 玲奈は、わたしがいないときに、わたしの悪口を言っていたんだ。

 しかも、諒太りょうたくんに!

 わたしの好きな男子、諒太くんに!

 たぶん玲奈も、諒太くんのことが好きだったんだろう。だから、わたしの悪口を言って、わたしの評判を下げた!

 玲奈のことを信用して、諒太くんが好きって話したのに!

 玲奈は、応援するって言ったのに!

「最悪っ!」

 なにより最悪なのは、玲奈の悪口を、諒太くんが楽しそうに聞いていたことだった。

 いや、諒太くんだけじゃない。

 その場には何人もクラスメイトがいて、みんな、楽しそうだった。

 みんな、友だちだと、思っていたのに。

「……ほんと最悪っ」

 わたしは教室に入らず、そのまま保健室へと向かった。

 具合が悪いとかテキトー言って、早退することにしたんだ。

「失礼します」

 そう言って、保健室の扉を開ける。

「……え?」

 わたしの体は固まった。

 だって、保健室の中に、長い通路がつづいていたから。

 高い天井にはシャンデリア、床にはフカフカの絨毯、壁には高級感のあるブラウンの木材が使われた、そんな通路が。

「な、なんで……?」

 ここ、保健室でしょ?

 なんで通路? それも、まるで、外国の洋館みたいな、おしゃれな雰囲気の……。

 引き返すべき。そう思った。

 だって、あまりにも怪しい。どう見ても異常。

 それ、なのに。

 わたしは通路へと足を踏み入れていた。

 なぜだろう。足が、止まらない。

 引き返すべき、怪しい、異常。わかっているのに、止まらない。

 やがて、長い長い通路を抜けると、大きな部屋にたどり着く。

 そこでわたしをまっていたのは、たくさんのガラスケース。

 そして、その中にしまわれた、たくさんのモノたち。

 燃える氷。穴が開きまくったガイコツ。毛でおおわれたサイコロ。見たことのない国名が記された地球儀。

 ほかにも文具、家電、スポーツ用品、食べ物、ありとあらゆるジャンルのモノが辺り一面、ところせましと並べられている。

「な、なんなの、ここ……?」

 頭の中をハテナでいっぱいにしながら、わたしは辺りをキョロキョロ見た。

「あっ」

 そして、壁の貼り紙に気づく。


 博物館ではお静かに


「は、博物館!」

 ガラスケース、たくさんのモノ、広い部屋……そうか、たしかにここは博物館だ!

 つまり、目の前にあるのは展示品!

 わたしはもう一度、ガラケースへと視線を向ける。

 よく見れば、ガラスケースの置かれた台座にはプレートがあって、そこには解説文らしき文章が記されていた。


【禁句箱】

 言葉を記した紙を入れると、その言葉を発することができなくなる箱。


【逆転シール】

 貼ったモノの価値や評判が逆転するシール。

 

【毒ドッグ】

 あらゆる毒を体内に装備している犬の置物。

  

【ナイトメアップル】

 食べると必ず悪夢を見るリンゴ。


「禁句? 逆転? 毒? 悪夢?」

 いやいやいや、ありえないでしょ、バッカじゃないの?

 いつもなら、そう思っていたはず。

 でも、いまのわたしは、まったく、そうは思えない。

 だって、目の前の展示品たちはみな、フシギなオーラを放っていた。

 フシギで、ブキミで、見ているだけで胸がドキドキする、そんなオーラを。

 だから、わたしには、プレートに書かれた文章が、事実だとしか思えない。

 わたしは、この展示品たちを――


「気に入ってくれたかな?」


 急いでふり向く。わたしのすぐ後ろに、女の子が立っていた。

 四年生か、五年生くらい?

 ボブヘアーで、少しタレ目の、いかにも人の良さそうな雰囲気の子だった。

「ここにあるアイテムを、気に入ってくれたかな?」

 と女の子はもう一度言う。

「あの、えっと……」

 言いたいことがありすぎて、うまく言葉が出てこない。

 あんた、だれ?

 なにを、知ってるの?

 というか、いま、アイテムって言った?

「あーそっか! ごめんごめん」

 とまどっているわたしを見て、女の子は手を合わせてあやまった。

「うんうん。先にこれを言わなくちゃ」

 ピッと姿勢を正して、女の子はやがてこう言う。

「ようこそ、ふしぎアイテム博物館へ」

「ふしぎ、アイテム……」

 たしかに、目の前にあるのは、不思議なモノたちだけど。

「わたしの名前はメイ。この博物館の館長――の助手をしているよ」

 よく見れば、メイは手袋をはめていた。寒いとき用のではなく、指紋をつけない用の白いやつを。

「わたしは押井美音、六年生よ。……ねえ、聞きたいことがあるんだけど」

「なにかな?」

 あなたより年上だってアピールする意味で、わざわざ六年生って言ったのに、メイはタメ口だった。

 ふだんならムカついて注意してるけど、なぜかこの子のタメ口は気にならない。

 この子から出ている、いかにもフレンドリーでやわらかい雰囲気のせいだろうか。

「ねえ、なんでこんなところに博物館があんの? わたし、保健室に入ろうとして、ここにつながる通路を見つけて――あ、不法侵入とか言わないでよねっ」

「大丈夫」

 安心してね、とでも言うようにメイはうなずく。

「大丈夫、わかってるよ。美音ちゃんみたいな子は、たまに来てくれるんだ。大歓迎するよ、わたしも、そして館長も」

「館長……」

「そう、館長。この、ふしぎアイテム博物館の創設者にして、不思議で特別なアイテムたちを集めた張本人」

 メイはにっこり笑って言葉をつづける。

「よかったら、館長に会ってみない? じつは館長から、美音ちゃんを連れてくるよう言われてて」

「わたしを? な、なんでよ……?」

「ひさしぶりのお客さんと、おしゃべりしたいんだって。どうかな? 会ってみない? ふつうじゃないし、怪しいし、マイペースすぎるくらいマイペースで、悪い人ではないけど良い人ではない、うちの館長に」

「いや、会いたくなくなる情報ばっかりなんだけど」

「でも、決して退屈な人ではないよ。うん。それは保証する」

 メイの口調はどこかうっとりしていた。まるで、自慢の推しをこっそり布教するときのような。

「館長とのアイテムにまつわるおしゃべりには、きっと価値があるよ。もしかしたら、ここにあるどのアイテムよりも」 

 ――ここにあるアイテムを、気に入ってくれたかな?

 頭の中に、さっきの言葉がよみがえる。 

「……わかった。会う。その館長に」

 いつの間にか、わたしはそんな言葉を口にしていた。

 そうだ、わたしは、目の前のアイテムたちを気に入ってしまった。

 こんなふつうじゃないアイテムたちを集めた、ふつうじゃない館長に、興味を持ってしまっている。

「ありがとっ! そう言ってくれると思ったよ!」

 そう言って、メイは歩きだす。わたしもそのあとにつづいて歩く。

 博物館の、奥へ奥へと。

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